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 ……あれは、ちらっとしか見えなかったけど人じゃないよな? お掃除ロボットだった、まさかおれたちを見ていた……?


 ……いやいや、偶然だろ。もちろんそうだ、まったく、あの先輩がヘンな話をするからだよ、そんな変わったことがそうそう起こるわけもないだろうし……。


 つーかあれじゃねぇ? あの先輩、都合よくロボットが通ったからそれらしい演技したんじゃねぇ? あわよくばおれをびびらせてみようって思ったのかも。だとしたらなかなか厄介な先輩かもしれんぞ……!


 ……それはそうと、今日だけで羊大生の知り合いが二人もできたことはちょっと驚きだったな。羊大はけっこう大きいところだし、ここからも近いし、出会う確率としては高いんだと思うけど……。


 さて、これからどうしようかな? そろそろ部屋に戻ろうか、いや……ちょっと外へ出てみようかな? 昼間はシティの存在感に圧倒されてその周囲になにがあるかなんて気にもしなかったし、それなりに面白い店とかがあるかもしれない。


「うひー、寒いなぁ……」


 まだ四月前だしな、夜はまだまだ冷えるか……! 周囲にもこれといって目の引く店はないようだし……。


 目の前には四車線の道路、それを渡った先にはガソリンスタンドと……あの三角屋根は喫茶店かなぁ? それと一軒家のようなラーメン屋? くらいのもんだ。


 意外となにもないんだなぁ……と思ったけど当たり前か。こんなに大きな建造物なんだ、にぎわう場所に建てるなら立ち退きとか要求しなくてはならないだろうしな。


 とはいえ……大学のある方向はかなり明るいな、あっちにはいろんな店がありそうだ。でも徒歩では……15、20分はかかる距離、かな? わざわざいま行くこともないだろう。


 なるほどね、そろそろ部屋に戻ろうかな、なにより寒いし……。帰りはエレベーターを使おう。8階まで上るのもひと苦労だし、なにより単純に使ってみたいしね。


 この広いシティだ、エントランスは東西南北に4ヶ所もあるそうだし、ここに限っても、目に入るぶんだけでエレベーターは合計6つもある。


 今日は静かだけどそのうち夜でも人がたくさん行き交うようになるんだろうな。上へと向かうボタンを押すと、すぐにドアが開いた。


 それにしてもエレベーターが動く音って独特だな。硬質的だけどどこかソフトな音で開き……なかには誰ものっていない。


 おれの部屋は8027号室だから8階だな。ボタンに触れるとドアが閉まった、どこのなにから鳴ってるかわからないけど、これまた独特な稼動音とともにエレベーターが動き始め……速いな、すぐに到着だ。


 さて着いたが……部屋へ戻るにはやっぱりアプリ頼みだ、ええっと、ここは8階の端の方だから……よし、現在位置と向かうべき方向が表示されたな。約3分の距離か。


 というか廊下の照明が色を変えてる? 淡いオレンジ色になっている、階層ごとの色じゃなくて時間で変わってく仕様なんだろうな。


 時刻は午後7時45分……。夜は夜だけど、そう遅い時間帯でもない。さっきみたいに仕事帰りの人とかとすれ違ってもおかしくないと思うんだけど……やっぱり誰も見当たらないな。


 さて……そろそろかな? もう3分は経ってるし……ってあれ? まだ残り3分? ありゃ、もしかして途中で道を間違ったか? ざっとでしか確認してなかったしなぁ……。


 まあいいか、遠回りは嫌いじゃないし、あと3分くらいなんてことないさ。でも今度はちゃんと見ながら行こう。ひっこしで少し疲れたし、けっこう眠くなってきちゃったからね……。


「んっ……?」


 あれ? ここいらの部屋番号……8161、だって?


 ……うーん、あと数分で着くわりには遠そうだけど、部屋の並び次第ではおかしくもないか? それより初動で見間違えて、最初から逆方向へと歩いてた……なんて方が怖いな。


「ちっ、モウロクしたもんだ……」


 なんて意味のないセリフをいったりして、しょうがない、あらためて確認しよう……よし、周囲の部屋番号と合致してるな、方向もいい。これ以上間違えるとコケンにかかわるからな、なんというか建築学部の学生として……まだ入学してないけど……。


 ……それにしても、予定外のことが起こると急ぎ足になるのはなんでだろう? べつに時間はありあまってるのに……。


 まあいいか、夜は明日も楽しめる。今日はさっさと帰って寝ようっと。


【THE CiTY】


 よし通路はこうで……ここを曲がって? ここをまっすぐ……だが?


 ……あれ、まだ着かないのか……? いかに広いシティの下層でもそろそろ着いていいはずだけど……。


 それにまだ、また3分だって? 嘘だろ、もう3分なんて何度も経ってるぞ、おかしい、おれがおかしいのか? いや、何度も確認してるし、そんなはずは……。


 ああ、頭のなかで『Teddy Roxpin / Nightcrawler』が流れている、ちょっとパニクッてるか? まてまて、落ちつこう……。


 うん、アプリの問題だろうな、それしかない。これに頼るからかえって迷わされてるんだろう。


 解決方法はまだある。案内用のモニターが各所にあるはず……ああ、あったあった、壁に画面が映ってるな。


 まずはこれに触れて……っと、よし、並ぶメニューに部屋案内の項目がある、なになに? サービスポール……お掃除ロボットのことか、これを案内人として呼び出すこともできる? うーん、ありだけど……そこまですることでもないかな?


 ええっと、案内に従って……部屋番号を入力して……モニターに地図が表示された、アプリと同期するかって……?


 うーん、こっちはなんか調子よくない感じだしなぁ……いや? 印刷もできちゃうのか? 押してみると……おおっ、地図が描かれた紙が出てきた!


 うおお、さすがに親切だなぁ……つーか、やっぱり信じられるのは紙だよね、じいちゃんもよく「紙はどこだぁっ?」っていってたし、いやあれはトイレットペーパーのことか、いちどに使いすぎなんだよなぁ……。


 そんなことはいい、現在地はここで、ふんふん、わりと近いみたいだな、よしよし、これだとすぐに着くか。


 あー、びびった! でもよくないよなぁ不具合なんてさ。いやまあ、できたばっかりだからなんだろうけど、慣れないひとが多いであろういまだからこそ大事っていうかさぁ……まあ、もう着くからいいけど……。


 ……けど……?


 ……なに?


 ……なにっ?


「ああっ?」


 ……違う! ここはおれの部屋じゃない……! 入居者の部屋ですらない! 重厚そうな金属ドア、なんだここは? おかしいぞ、アプリどころか案内用モニターまでイカレてるってのか?


 いや、おかしいにしてもおかしいだろ、他のひとの部屋ならまだしも、なんでこんな……わけのわからないドアへと案内されるんだ?


 くそっ、ダメだな、もう自力で帰るしかない、周囲の部屋番号からたどっていこう。近隣の部屋は8214号室……最初よりずっと遠ざかってるじゃないか……。


 ……はあ、ちぇっ、それもこれもあの先輩のせいなんじゃないのか? おかしなこというから……。


 ……って、まさか? 


 そうだ、あの先輩と話をした後にこうなったんだ……これは偶然なのか……?


 そう、目をつけられてるとかなんとか、そんなことをいっていた。ということは、あのひとはここにとって本当に招かれざる客で、接触したおれまで同様の扱いを受け始めたとか……?


 そ、そんな馬鹿な、ちょっと話しただけじゃないか、それに同調したわけでもないし……。


 いやな汗がでてきた……いやっ、前! 前に、円柱状の姿があるっ……?


 ……うっ、うそだろ、でも先輩はいっていた、あのロボットとすれ違ったって、それも短時間でなんども……。


 まさか、おれをも監視し始めた……? え、円柱状の影が……ゆっくり、近づいてくる……。


 い、いや、まさか、大丈夫だ、そんなこと、ただの妄想だろ……? なにかされるなんて……まさか……。


 ロボット、すぐ目の前まで、いや、おれに用があると決まったわけじゃないだろ、さけて通っていくはず……。


「ううっ……!」


 が、眼前で止まりやがった……! し、心臓が、動悸がものすごい……!


『お困りですか? ご案内いたしましょうか?』


 ……ううっ? こっ、これは、おれに話しかけてるんだよな?


 なめらかな、しかし人工的な声質、ロボットを通して人間が語りかけてるようには思えない、でも、だとしたら……どうして困ってるとわかったんだ……?


「なぜ……困ってると?」


『現在、システム障害が発生しておりますゆえ、積極的な声かけを実施しております』


 シ、システム障害……? なら、まあ、そうなのか……?


「で、では、お願いします……」


『お部屋の番号は?』


 番号……いってもいいものか? いや、隠す方がおかしいか……。


「8027号室……です」


『8027ですね、承知いたしました。こちらでございます』


 ロボットが進んでいく……し、後を追う……しかない、か……。


 こ、今度こそちゃんとたどり着くんだろうな……? 障害を認識してるロボットまで狂ってたらなにがなにやらわからないぞ……。


いや、でも……周囲の部屋番号は確実におれのそれに近づいてるし……あっという間に、ちゃんと自室へと着いた……。


 間違いない、おれの部屋、8027号室だ……。


『お間違えはありませんか?』


「は、はい……」


『承知いたしました。本日はご迷惑をおかけし、大変、申し訳ありませんでした。障害の内容に関しましては調査後、ご報告させていただきます。今後ともサービスポールをお頼り下さいませ』


 くるりと回転し、サービスポールは去っていく……。


 「助かった、か……」


 いや、そんな、危ない目にあったわけでもないし……。

 とにかく部屋に入ろう……。


 室内から、リアリストから……都会の音が聞こえてくる。そういやニューヨークのチャンネルのままだったか……。


 ……それにしても、いったいなんだったんだ?


 いやわかってる、システム障害が起こって、サービスポールに助けてもらって……ただ、それだけだ。


 でもなんだったんだ? あのドアは……。


 上着のポケットから名刺をとりだす。電話番号が書いてある。


 いまのおれにとってあの先輩……棈木さんはきっとよき理解者になってくれるだろう。でもそんな、安易に接触してもいいものか……?


 ……いやいや、馬鹿げてる。さっきのはたまたま起こった障害で、おれが勝手に妄想を膨らませてただけだ、そうだろ?


 そうに違いないだろうけど……ああ、もし妄想じゃなかったら? あのドアの先にはいったいなにが? サービスポールはたまたま通りがかったのか? それとも俺を追ってきた? 困ってるから? ずっと見てたのか……?


 ふと父さんや母さんの顔がちらついたけど……相談するのもちょっと抵抗あるな……。ケンジとか……あいつらに話してもバカにされそうだし、シティのことを説明するのもめんどいし……。


 ……あ、そうだ、シイナさんはどう思うだろう? ここの住人であるあの子なら客観的な判断を下してくれるかもしれないな。


 でも問題がひとつ、あの子の連絡先とか知らないんだよな……。


 うーん、どうしたものか……。

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