sElEcTIon
シイナさんか……。同じ大学、同じ学部、すごい偶然ってほどじゃないけど、ちょっと運命的な予感がある……なんて、そんなわけないか。かわいい子に限って決まった人とかいるんだろうしさ。
……でも、彼女かぁ……。
小学生のころすごく優しかったカナちゃんと高校で再会したけど、なんか粗暴なギャルになってて怖かったし、中学生のころ仲よかった陸上部のマドカはいきなり転校しちゃったし、なんかこう、おれっていつも一歩を踏み出せないまま……って、あっ、ライフマートがある!
そうだった、そもそも晩飯の材料を調達するために出てきたんだ。手ぶらで帰るところだった、たまたま見つかってラッキー! 予定どおりここで買い物を済ませよう。
「いらっしゃいまゞ〜」
マスクをつけた女性の店員さんがレジを打っている。客はおれの他に会計してる年配の男性とドリンクコーナーを見つめてる金髪のひとだけか。
さて……必要なものはスパゲティの麺やソース、あとオリーブオイルかな。でもオリーブオイルって……量のわりにけっこう高いなぁ。うーん、じゃあ普通の油でいいかな、少し炒める感じで麺にからめてみよう。
ああ、あと塩も忘れちゃいけない。それとついでに……お菓子でも買っていこうかな。チョコチップクッキーにしよう。
「ありがとうございましゞ〜」
さて目的は達成したが……なんかあの店員さん、変わってるな? レジを打ってる間しきりに肩を上下させてたし……。
まあいいか、さて帰り道だけど……よくわからないんだよな。当面はアプリ頼りになるだろう。えっと、ここから歩いて四分……。すぐそこではあるけど、同じ階なのに四分も歩くとは……やっぱり広いなぁ。
【THE CiTY】
よし帰ってきたぞ、飯にするか……と思ったけど、その前に風呂にでも入ろうかな? 湯を張るのはめんどいしシャワーだけでいっか。洗濯も……やっぱりめんどいし、ある程度たまってからでいいよな。
当然だがバスルームはキレイだな。真っ白い壁に操作パネルがある。湯船は意外と広めか、鏡も大きい。なんか使うのがもったいなく思えてくるな。
だがおれはすでに裸、新品のボディソープやシャンプーを配置して、さあお湯を出すぞ……!
……すごいな、数秒で設定した温度になったし、それを保ち続けてる……。実家の風呂はお湯になるまでに若干かかるし、ときおり妙に熱くなったり冷たくなったりするからなぁ……。
しかしどれだけ驚いても風呂は風呂、
「やることは同じだ……」
さあ意味のないセリフもいってみたし、さっさと洗うか……。
【THE CITY】
よし、さっぱりしたぞ。いよいよ腹が減ってきたし、スパゲティをつくるか!
調理器や食器は新品だが買ってきたままの状態じゃキレイではないだろう。まずは洗剤でよく洗って、それから調理だな。
といっても鍋でお湯を沸かすくらいだ。ソースを温め、ゆでた麺をさっと炒めればあっという間に完成、まあ味気ない夕食だけど副菜をつくるのは面倒なので仕方ない。
うん、まあまあうまいな。いや、手軽さを考えればかなり上出来な味といえるだろう。やはりスパゲティは強い……。
さて食い終わったが……すぐ食器を洗うのもなんだかな……こう、食後にすぐ動く必要はないっていうか、あとでいいよな? いいよ、だっておれんちだもの……。
とはいえ、なにもすることがないから暇でもある。荷物の整理を続けてもいいけど、じゃあまず食器洗えよって話だし、整理は明日でもできることだしな……。
「明日やろうはバカヤロウ……」
なんて口に出してみたけど、やっぱりいまやる気にはならないな。ゲームでもしよっかな……っと寝転んだものの、ちょっと照明がまぶしい気がするなぁ? 光量の調整とかできるのかな……って、あれ?
あれっ、なんかおかしいな? なんだろ、なんか違和感あるっていうか……なんだ?
なんだろう? なにか……って、
「ああー!」
そうだよ、思えばこの部屋って、窓なくねぇ? いや、そりゃそうだよ、だって窓があったのってフロア外郭の壁にそってのびてる共有部分の通路だけだもの! それ以外に窓なんか見当たらなかった、つまりどの部屋にしたって窓なんかないんだよ!
いやでも、パンフレットには窓があったような……ああこれだ、いやたしかにある、あるよ窓が……!
どういうことだ? もしやウソ広告? いやいやまさかこれほどのところにかぎってそんな……。
いや、待てよ? このパンフレットに描かれた部屋の……窓がある場所には?
「あっ?」
なんか? 壁にうっすらと……色のちがう、大きな四角い部分がある……? もしやここが開くとか? いやでも、この先は隣の部屋じゃないの……?
「うおっ!」
触った途端、風景が映ったっ……? 緑豊かな自然の風景だ、四方から木の葉が波だつ音も聞こえてくる……!
こっ、これはモニターか、しかし画質が異常だ、滝のシーンに切り替わったが飛沫を浴びそうなくらい自然に、すごい臨場感で風景がそこにある……!
まさかこれが窓の代わりなのかっ? いや、なるほど、そうなんだろうな、へええ! こんなことになってるんだ……!
他の景色は見れないのかな? えっとたしか、シティのことはアプリで調べられるから……あったあった、この……リアリストとかいうやつだな? なるほど、ジェスチャーで操作もできるらしい?
へえ、一部のチャンネルはリアルタイムのもので、世界各地より配信されてるのか。おれの好きなマダガスカルやマチュピチュもあるけど、こっちは録画なんだな。
それでなんだ、えっと、ジェスチャーは……指で数字を描けばいい? そんな曖昧な仕草で認識するのかな……?
とりあえず目に入った212、ニューヨークの2に切り替えてみよう……っと、本当に風景が変わった!
これは……喫茶店? みたいなところから見た道路沿いの風景か、外国人が歩いてる、向こうは朝方くらいかな?
へええー、すごいなぁ、画質があまりにリアルだからほんとの窓みたいだ。はあー、なるほど、これだと窓がなくても圧迫感はかなり軽減できるかもなぁ……!
ふーん、いいなぁ……というか、うーん、美麗な景色を見てると……なんか、また出かけたくなってきたなぁ……。
でもなぁ、もう九時を回ってるしなぁ、慣れてない土地で意味なくこんな時間に出かけるのも……って、いやいや、いまのおれは一人暮らしなんだぞ、もっと自由に楽しんでみるのもいいんじゃないか?
うーん、でも、おれってあんまり夜に出歩かないひとだしなぁ……。
いや、だからこそ出かける意味があるんじゃないか……?
でもなあ、とくに目的があるわけでもないし……。
誰も止めないし、勧めもしない。
自由ってつまり、そういうことだよな……。
……じゃあ、よし、行こうかな……!
そうと決めたらなんか急に楽しくなってきた、すぐ準備をして出発しよう。
【THE CITY】
部屋から出ると……おっ、明かりの色が変わってるな、さっきより深い青だ。時間で変わるのかな? いいじゃないか。
通路はやはり静か、静かすぎるほどだ。夕方頃もそうだったけど、まだあまり人が入ってないんだろうな。さあ、また散策を始めよう。
頭のなかで『SwuM / Aries』が流れる。眠りについたドアたち、見えないところで音をたてたエレベーター、ただこうこうとするだけの自販機、ふと姿を現したコインランドリーに人気はなく、複数の洗濯機がひたすら回っている。
一人暮らし、一人ぼっちの夜……。正直、心寂しい気持ちはある。でも、すごくいい夜だ。
青い夜の廊下の先、また清掃ロボットの姿がある。今度のは異様に背が高く、円柱の体は壁沿いに進んでいる。壁も掃除してるんだな。
でもあれ、突然ドアが開いてぶつかってしまったら倒れるんじゃないか? その場合、自力で起き上がれるんだろうか? それとも誰かが助け起こさなくてはならないのか。
まあいいか……さて、これからどうしよう? さっきは上へといったし今度は下へ向かってみようかな。
……そうだ、エントランスへ行ってみようか。昼間は人混みでよく見れなかったし。
階段はゆっくり降りよう。急ぐ必要なんてないしな。ホール前の廊下に出るとスーツを着た壮年の男性が来た。仕事の帰りだろう。
ここの住人なんだろうし挨拶とかした方がいいかな? でもこんなに大きなところなんだ、かえっておかしいか?
すれ違いざまの沈黙はなんだかバツが悪いが……向こうも挨拶なんかしてこなかった。そうだよな、下手したら二度と会わないかもしれないんだし……。
さてエントランスホールへ着いた。ここは廊下よりずっと明るいな。昼間は人だかりがすごかったしあまり気にしてなかったけど、中央に立派な植木や花壇があるんだよな。みずみずしい草木や花が並んでいる。
エントランスはその建物の顔だ、ここまでの規模の建物なら立派にするのは当然……って、うんっ? あれはなんだ?
出入り口、自動ドア付近に……人影がある? なんか動いてる、なんだ、手まねきしてる……?
おいおいまた幽霊かっ……? いやまたじゃないが、またなんか……。
おれ? 周囲には……おれしかいないし……。
「うっ……」
今度は手を振り始めた……。なんだ、なんだろう……? おれを呼んでいるのか……って、動き出したっ、人影がエントランスへ入ってきた……!
白シャツ姿で青いフレームのオシャレっぽい眼鏡をかけた青年、身なりそのものは小綺麗だ、爽やかそうな雰囲気、おかしな気質を備えているようには見えないし、幽霊っぽくもない……。
まさか、知り合いか? いや、でも、見覚えはない、はずだけど……ともかく、いつでも逃げられる姿勢でいた方がいいかも……。
「な、なんですか……?」
青年は、ニコッと笑んだが……。
「ちょっといいかな? 決して怪しいものではないので……」
いや、それっていかにも怪しい人のものいいだが……。
「あ、あの、なんの用、ですか……?」
「きみ、ここに住んでるの?」
「え、は、はあ……」
「学生?」
「はい……」
「僕もそう、近くの羊大に通ってるんだ。二年だよ」
羊大、二年……? じゃあ先輩、か……。
うわぁ、無下にしづらい感じ……。
「はあ、お、おれもこの春から……」
「へえ! 新入生?」
「え、ええ……」
「僕はアベキカズオミっていうんだ、理学の二年」
ここまで名乗るということは、本当に怪しい人ではないのかな……?
「はあ、それで、なんですか……?」
「うん、ちょっと、外で話さないかい?」
「外? な、なぜですか……?」
「僕って、たぶん、目をつけられてるから」
「目を……」
つけられてる……?
「ここってさ、円柱状のロボットが徘徊してるでしょ?」
「ええ……掃除の……」
「きみ、ここに来るまで何回見た? というか今日、何回見た?」
何回って……。
「さあ、たぶん二回くらいでしょうか……?」
「僕は14回見た。1時間で」
「はあ……」
だからなんだ……?
「あっ、いま、だからどうしたって思ったね?」
「えっ! い、いえ、まあ……」
「僕はここの住人じゃないんだ。落選しちゃってね」
「はあ……」
「なぜかといえば」先輩の人は声をひそめる「前科があるからなんだ」
「ぜ、前科……!」
「正式なものじゃないよ、正式っていい方も変だけど、まあ、お巡りさんに怒られたことがけっこうあるんだ、不法侵入じみたことをして、中高生のときね」
へえ……。
なんだ、しっかり怪しい人じゃん……。
「でも待ってほしい、悪いことをしようとしたわけじゃない、なんというか、入りたくなる建物ってあるじゃないか、あるよね? 動機は単にそれだけなんだけど、ときには通報されることもあってね……」
「はあ……」
たしかに悪そうには見えない……というか、むしろ人がよさそうに見えるくらいだが……。
「つまり、そのことで落選して……ここへやってきたら監視されるようになっている、と……?」
「そうそう。そしてここからが本題でね、このザ・シティには秘密がありそうなんだ」
「秘密……」
「一説には社会実験場だとかなんとか、応募者のことは調べ上げられていて、素行のいい人しか入居できないようになってるらしい」
実験だって? 途端にうさんくさくなってきたなぁ……。
「うさんくさく思うよね。僕だって本気で信じてるわけじゃないさ」
なんださっきから、エスパーかよ……。
「でも、スーパーナチュラル研究会に所属している以上、取材は必要じゃないか、つまりはそういう話なんだ」
スーパー……ようはオカルトクラブのネタ集めってことか。じゃあ最初からそう説明してくれればいいのに……。
「まあこう、臨場感を大事にするというか、やや遠回しに説明する癖があるというか、もしかしたら幽霊かもとか思ったんじゃない?」
そ、それはそうですがっ……?
「いやはや、不安にしたよね、ごめんごめん」
「いえ、まあ……」
うーん、なんかめんどくさい先輩だな……。
「厄介に感じるのも当然だよね。でも昼間はひっこしでみんな忙しそうだったし、声をかけるのも悪いかな、とね」
う、うーん、話の終わりどころが見えない……。
「そ、そうですか、えっと、じゃあおれはこれで……」
「あっ、まってまって、名刺を渡すから」
出されてしまったら、受けとるしかないか……。
ええっと、棈木一臣……棈木でアベキと読むのか……。
「そこに番号書いてるから、なにか面白いネタがあったら電話してね。スーパーナチュラルなことならなんでもいいし、都市伝説とか、そういうのでもいい」
「は、はあ……」
「君のことはあえて聞かない。今後は君が望まなければ……あっ」
あっ?
「じゃあ、なにかあったらよろしく! 友達にも広めていいからねー」
なんか……急に、駆け足で去っていった……が?
あっ、てなに?
なんなんだ、最初から最後までヘンな先輩……。
「……あっ?」
み、見間違いか? 振り向いたとき、奥へと消えたあれは……。
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