第18話 反応は口ほどに

 私を含めた計六人のカラオケはまぁまぁ楽しかった。みんな思い思いの曲を順番に歌っていた。何曲かは恋愛ソングだったから、話題がそういう話になって大いに賑わっていた。どんな人が好みだとか、年上がいいか年下がいいかだとか。

それと、好きな人がいるか、だとか。


 好きな人。脳裏にふと同居人の顔が浮かぶ。

その単語が私の中で最も強く結びついているのは、草下さんだ。

初めて会って自己紹介をして、あれよこれよと聞いても何の情報も得られなかった私の奥の手として使った単語。あの日は草下さんを怒らせてしまった。私は悪くないけど。

 第一、なんで好きな人がいるか聞いただけで怒られなければいけないのか、訳が分からない。原因不明で再発防止もしようがないし、だからと言ってなぜ機嫌が悪くなったのか問えば、この前と同じ結末になる気がするからもやもやする。


 せっかく忘れてたのに、結局カラオケ中も草下さんのことを考えていた気がする。おかげで『歌ってスッキリしよう!』と吹き出しで喋っているマスコットキャラクターにパンチを繰り出す寸前までいった。踏みとどまった私を自分で褒めたいと思った。



 そんなこんなで、終わりの時間がきて、会計をして解散した。これから寮の部屋に一人で帰るのだと思うと、少し寂寥感を覚える。

 こっちに来て間もないから、このあたりがどんな場所なのかもわからない。今のご時世、スマホとバッテリーさえあれば地図アプリで帰れるから迷う心配はないけど。

 それとはまた別で、異邦の地に取り残されたみたいに心細い。日も落ちかけているから街の顔は少し違って見えるから、なおさら知らない街に放り出されたように感じて、歩く足が自然と速くなる。


 地図アプリに従ってしばらく歩いて、角を曲がると学校が見えて、寮が見えて、やっと帰ってきたと思えて安堵する。足の速度が元に戻る。


 草下さんはもう帰っているだろか。まだ帰っていないとしたら、先に食堂でご飯を食べてしまおうか。でも草下さんがいたほうが私にとって有意義な時間になるのは間違いないし、やっぱり待とうか。

 でも、草下さんはそうは考えていないかもしれない。一人でいるほうが好きみたいだし。そう思うと、少しもやもやする。


 そんなことを考えながら寮の建物に入って、廊下を進む。いくつかの扉から話し声や音楽が聞こえてくるの聞きながら、目的の場所へつく。扉の中からは何の音もしない。

 初めて私がここに来たときもこんな状況だったなと、ついこの間の出来事を少し懐かしく思う。時間もだいたい同じだし。

 仮に今日も同じなら、この扉を開けても中は暗くて、玄関にはローファーが脱ぎ散らかされてあって、服とプリントが散らかった部屋ではベットで草下さんが寝ているはずだ。

 これから目の前に広がるであろう光景を思い浮かべてから、扉のノブに力を入れて捻る。



「――遅かったのね」

「……草下さん?!」


 扉を開けると目の前の廊下には電気がついていて、私の足元にはローファーじゃなくてスニーカーが揃えて置かれている。そして、私服の草下さんが三角座りしていて、帰ってきた私を少し機嫌が悪そうに見つめてきた。

 さっき想像した光景とは何もかも違ったから、少し驚いてしまった。


「……なにしてるんですか? そんな所で」

「別に。何もしてないわ」


 そう言いながら草下さんは立ち上がって、何もなかったように部屋へと戻っていった。私は玄関にポツンと取り残される。

 ほんとに何をしていたんだろうか。この廊下にはトイレとシャワールームにつながる扉くらいしかないから、ここに座っていることに違和感しか覚えない。

 可能性があるなら、私の帰りを待っていたくらい。


「……いやいや、そんなわけ。ねぇ?」


 誰に言うでもなく、言うなら自分に言い聞かせるように呟いてから、ローファーを脱いでちゃんと揃えてから、部屋に向かった。




 部屋に入って私は、私の目を疑った。


「か、片付いてる……」


 あんなに散らかっていた衣類とプリントがきれいサッパリなくなっている。捨てたのか、整頓したのか。どっちでもいいけれど、草下さんも部屋の片づけするんだ、と驚く。さっきから驚きっぱなしだ。


 いやでも、変だと思う。土日の暇な時間にも片付けをしようなんて素振りを少しも見せなかった草下さんが、片付けをするなんて。


「どこへ行っていたの」


 草下さんがベッドを背もたれにして、片付いた床の上に膝を抱えて座る。感情のこもっていない声でこちらを見ずに問いかけてくる。


「えっ、あー。 えと、友達とカラオケにいってました。楽しかったですよ!」


 鞄を私のスペースの定位置に置きながら、聞かれたことに返答する。予想もしてなかった問いかけだから、少し言葉に詰まった。


「そう。どこへ誰と行こうがあなたの勝手だけれど、遅くはならないように」


 まるで保護者みたいなことを、相変わらずこっちを見ないで淡々と話す。

 必要以上に感情の見えない声は、何を隠しているのか詮索したくなる、知りたくなる。私の好奇心をくすぐる。

 


「――それより、あんなところで何をしてたんですか? なんにもないですよね、あの廊下」

「……何もしてないし、あなたの知ることではないわ」


 声はすこし面倒くさそうに聞こえたけれど、依然として座ったまま顔も動かさずに不動を貫いている。

 そんな拗ねた子供みたいにやけになられると、こちらも張り合いたくなるのが人の性だと思う。

 それに、今朝は草下さんがいなくて一緒に学校に行けなかったし、人から聞く草下さんの過去はイメージがつかなくてよくわからないし、さっきから驚かされっぱなしだしで今日一日もやもやしっぱなしだから、ちょっと意地悪したくなった。



 三角座りの草下さんに近寄って、すぐ隣に私も同じ体制で座ってみる。


「……」


草下さんはそれを受けて、こっちを見ないで座ったまま私から少し離れた。

私はそれを受けて草下さんに少し近寄って、草下さんは少し離れて。


 繰り返していくうちに、草下さんが壁に追いやられてこれ以上離れられなくなる。


「……なんなの、近いし暑いんだけど」

「んふふ、い~え、なーんにも?」


 草下さんがうっとうしそうにだけど目を合わせてくれたから、ニコニコ笑顔で迎えてみる。表情はもとから明るくなかったけど、私の笑顔を見るなりさらに眉間にしわを寄せた。少し遺憾だ。

 ちょっと満足したから意地悪もその辺にして、さっきの問の返答をもらいたい。

でも、真っ向から何をしていたのか聞いても答えてくれないのはさっきので証明済みだから、方法を変えてみる。


「もしかして、私がいなくて寂しくて、廊下で待ってたんですか?」


 これが違うならきっと「くだらないこと言わないで」とかなんとか言って切り捨てられるはずだ。

そしてこれが図星なら――


「ばっ、馬鹿なこと言わないで! なんであなたなんか待たないといけないのっ」


 これ以上私から離れられない体を、壁に張り付くようにして無理やり離れる草下さん。急に無理に動くものだから、壁と頭が衝突して鈍い音が壁で響いた。


 ほんのり耳まで赤くなって、信じられないといった表情で私のことを見つめてくる。目じりには涙が……これはきっと壁に頭をぶつけたからだろう、そういうことにしておこう。

 口で言わなくとも当たりと言っているような、わかりやすい反応だった。


「ふふっ、はぁ~い、そうですね、待ってくれてなんていないですよね~!」

「そ、そうよ。勘違いしないでっ」


 この一瞬のこの反応だけで、今日の放課後の何時間かよりもはるかに満足感が高い。とても満たされた気分になる。


 今日一日、草下さんのことを考えるたびにかかってきた霧のようなもやもやが消え去った。

 それが果たして、好奇心が満たされたからか、それとも、草下さんが私を待ってくれていたという意外な事実に対してのものかはわからないけど。


「待ってくれてたなら、晩ご飯もまだですよね! 一緒に行きましょ!」

「ちょっと、行くとは一言も……!」


 何か言う草下さんの手を引いて、玄関へ向かう。

 

 草下さんの過去を知るという目的は大して進んでいないけれど、今日はもういいやと思う。


 草下さんが私を待ってくれていた、今の草下さんがそうであるだけで、満足だ。 

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華は星に照らされて。 枕ノ総師 @Makulano

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