第17話 一日一歩

「えのもっちゃん! 一緒にご飯食べよ~! あ、星ちゃんも一緒でかまへん?」


 堤さんは昼休みになると同時に、一目散に目当ての人の席まで、瞬間移動かと思うスピードで移動していた。


「あぁ、うん、いいよ~」

「とりあえずお腹すいたし、食堂でもいこっか!」


 私たちの返事を待たずして、堤さんが歩き出す。強引ともいえるし頼もしいとも言える。これだから堤さんの周りには人がいっぱいいるのだろう。


 ……疲れたりしないのだろうか、この人は。

私もそれなりに人付き合いは悪くないと思うけれど、ずっとそうしていると疲れてしまう。義務的に感じてしまって、オフの私になる時間が長くなってしまう。

人としての根っこの部分が違うんだろうなーと、ぼんやりと思う。


 歩きながら世間話をしてくれた堤さんのおかげで、食堂までの道のりも、食券を買うために並んだ時間も、混みあった食堂の席取りも、あっという間に過ぎ去った。


 草下さんと一緒ならこうはいかない。草下さんは何も話さないし、私が話しかけてもそっけない返事しかくれないから、会話が成り立たない。キャッチボールが成立しない。

だから、食堂までの道のりも、食券を買うために並んでいる時間も、席をとるために探し回る時間も、勉強を教えている時間も、圧縮されたみたいにすぐに過ぎないで、原寸大で流れていく。

草下さんがそれをどう思っているかはわからないし、同じように感じているかはわからないけど、たぶん不快には思ってないと思う。私も不快じゃない。むしろ、好きな時間に入る。同じならいいなとも思う。


「ほんでな、星ちゃんがえのもっちゃんに頼み事がある言うねん」

「そうなの?」

「あ、あぁ、うん、そうなの!」


 草下さんのことを考えているうちに堤さんが本題へと急に舵を切った。慌てて渡された話の船に乗り込む。


「ほら、私の寮の同室の人って、草下さんなんだけど……」

「あぁ、あの……」


 えのもっちゃんこと榎本さんの顔が少し曇る。やっぱりいいイメージはないのだろうと直感する。


「堤さんから、去年草下さんと同じクラスだったって聞いたから、どんな感じの人なのか気になって、教えてほしいな~って」

「うぅ~ん、去年の草下さんね……」


 手を顎に当てて考え込む榎本さん。考えて思い出さないと出てこないほど、印象が薄かったのか、もしくは関わりがなかったのか。


「私もほんと、クラスが同じだっただけだから、そこまで詳しくないんだけど……」


 ぱくぱくとお昼ご飯のからあげ丼を食べる堤さんを横目に、榎本さんの話に耳を傾けた。

 曰く、やはりあまり印象に残るような人じゃなかったと。

人間関係も広くなくて、おとなしい人だったけれど、今ほど学校を休んでいなかったし、どこからともなく悪評が聞こえてくることもなかったという。

 ただ、去年度の末あたりから、休みの日が増えだした。学校に来たと思っても落ち着きがなくて、授業内でグループワークをしたりしても発言しなかったり、言葉の端々がとがってたり、トイレに行ったっきり戻ってこなかったりし始めたらしい。

 よく教室で寝てて先生に注意されていたとも言っていた。目にはクマがあったこともあったとか。

 今の草下さんは去年ほどとがってなくて、これでも丸くなっている、と聞いた時には果たしてそうなのかと疑問を抱いたけど。


 ただ、なぜ年度末にそうなったのかはわからないと言っていた。

 そこが一番知りたかったんだけどなと残念に思う反面、私が知ることの出来ない草下さんを知ることができておおむね満足した。隣でからあげ丼を完食して、いつの間にか買ってきた食後のプリンをも食べ終わった堤さんに負けず劣らず満足した。


「うちも草下さんがどんな人か気になんねんけどな~、うちが近づくと磁石みたいに逃げはるからむりなんよなぁ~、どうしたらいいん星ちゃ~ん」

「あはは……避けられてるね~、堤さんのこと苦手そうだもん、草下さん」

「なしてや~~~~」


 テーブルに突っ伏して泣くふりをする堤さんを榎本さんと二人で笑って流した。

 そのあともいろいろ三人で談笑したけど、草下さんのことが話題に上ることはなかった。私は二人の話を聞きながら草下さんのことばっかり考えていたから、自分が別世界の住人なんじゃないかと思えてしまう。


「おぅ、もうこないな時間か、はよ教室戻らな」


 それでもなんだかんだ楽しかった時間はすぐに過ぎて、また堤さんが先導して私たち二人がついて行動する。行動が速いから、アルバイトとかしたら重宝されそうだ。



 お昼休みも終わり、午後の退屈で眠くなる授業も何とか耐えきって、放課後。いつものように授業中隣で寝ていた堤さんにノートを見せてくれと頼まれ、快諾してノートを渡す。


「そういや星ちゃん、放課後暇? 一緒にカラオケ行かん? この前からノート借りてるし、奢るで?」


 ノートを両手で丁寧に受け取った堤さんが、この前と同じ提案をしてくる。


 放課後に予定はない。草下さんに今日の授業の分を教えてあげたいと思っているけれど、それは今日でなくてもできることで、そこまで優先される用事でもない。

それに、以前も断ってしまっているから、さすがにこの辺りでお言葉に甘えておくのがいいだろうか。距離をとっていると変に勘違いされるのは困る。それで生じるのは小さな影響しかないかもしれないけど、今後の人間関係に悪影響を及ぼしかねない。


 草下さんと一緒にいられる期限をできるだけ長くするためにも、それは避けたい。


「――そうだね、お言葉に甘えちゃおっかな~!」

「ぃよっしゃい! あ、人は多いほうが楽しいよな! 張り切って集めるで! 

――あっなぁなぁ! これからカラオケ行かん? えぇそんな冷たいこと言わんでやぁ……。あっほなまた今度な! おっ、今目ぇ合うたよな、合うたよな! これでうちと縁ができたっちゅう――」


 暴走機関車のごとくあっちにこっちに声をかけまくる堤さん。そんなに人を集められたとして、そんな人数が入るカラオケボックスがあるんだろうか。

 でも見た感じ、みんな予定があったりお金がなかったり、身内の不幸だとかペットが危篤だとか(後半は嘘だと思う、思いたい)の諸事情でそんな人数はこなさそうで安心した。


 一通り声をかけてメンバーを集めた堤さんが、先頭となって教室をでて目的地へ向かっていく。私もそれに続いて教室を出ようとして、ふと振り返る。


 見るのは教室の一番左前の机、草下さんの机。そこにいないのはわかっている。

そこにいないし、どこにいるかもわからない。何をして何を考えているのかもわからない。

今はもう夕方だし、寮に帰ってるかもしれないし、別の場所かもしれない。あるいは、学校まで来たけど人目につかない場所で一人でいるのかもしれない。

一人で勉強しているかもしれないし、寝ているかもしれない。教科書の問題のことを考えているかもしれないし、居ない私のことを考えているかもしれない。


 一人で食堂にいけるだろうか。ご飯食べるだろうか。勉強わかるだろうか。

わが子を案ずる親みたいな思考がよぎってしまう。


(……まぁ、きっと大丈夫だろうし、遊んで帰るころには部屋にいるだろうし、なにも言われないでしょ。)


 それでも少し不安が振り切れずに残る。

 そんなことを思う自分を、心配性なのかもしれないと、他人事のように思った。

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