二人のウィークエンド
第11話 無知の知
満足のいく眠りから穏やかに浮上して、ぼんやりと天井を眺めていた。
この時間が私は好きだ。何も考えず、何にも追われず、何も迫られず。ただ自分のしたいままに過ごす時間が、好きだ。
そんな私の憩いの時間を思う存分過ごしていたら、今何時か気になった。
のっそりと布団から腕を出して枕元のスマホを確認すると、もう12時になろうという時間を表示していた。
部屋の電気はついていないから、スマホの明るさが眩しい。窓から差し込む光はカーテンで遮られ、居心地のいい暗さが部屋を満たしている。
今日は土曜日で学校はないから、この時間に起きても慌てる必要はない。
もとより、あまり学校に行かない私はいつもこれくらいの時間に起きているけれど。
天野さんは起きていないのだろうか。起きていたら、今より早い時間に電気をつけて、カーテンを開けて、私を揺らしたり布団を引きはがして、睡眠を妨げてきそうなのに。
前例は一件しかないけれど、きっとそれが天野星という人間だと思う。
のそのそと寝返りをうって天野さんのベッドを見てみると、人ひとり分の膨らみと向こうを向いている頭があった。じっと見つめても動いていないから、きっと寝ているのだろう。
二度寝だろうか。それとも夜更かしでもしたのだろうか。
それとも、私の中の天野星像が間違っているということか。
そんなどうでもいいことを考えていると、布団の中でぐぅと腹の虫が鳴った。そろそろ朝ごはんが食べたい時間だ。いや、昼ごはんだろうか。
食堂はもう少し時間が経てば空くだろうけれど、私一人であの人混みの中に向かうのは御免だ。だからと言って、天野さんを起こして一緒に行くのも嫌だ。
それに、一緒にご飯を食べる約束もしていないし、寝ている人間を起こしてまでついて来て欲しいと思っているなんて受け取られても嫌だ。
うん、適当に外で食べてこよう。
ベッドから出て、目についたTシャツとジーンズを着て、脱いだ服はベッドの上に放り投げる。外出用にいつも使っているベージュのトートバッグに財布が入っているのを確認して、ドアに手をかけた。
「どこか……いくんですか……?」
……面倒なことになってしまった。
もう少し静かに行動できればと、できもしないことを考えてしまうくらいには面倒なことになった。
できるなら気付かれることなく出かけたかったけれど、無視するわけにもいかない。
「お昼ご飯を食べに」
「食堂ですか……?」
「いえ、外へ食べに」
「じゃあ私も——いえ、私のぶんも買ってきてくれませんか?」
ベッドから上半身を起こした天野さんが弱々しく頼んでくる。「じゃあ私も一緒に行きますね! すぐ着替えるので待っててください!」とか言ってきそうなものなのに。
「……いいけれど、私が食べたいものを買いに行くから。 何を買ってきても文句言わないで」
「大丈夫です、それでお願いします」
上半身だけで天野さんがお辞儀をした。
なんだかいつもと違う印象だ。普段より落ち着いていて、というか、なんというか、活気がない。心配になるくらい。
「じゃあ、行ってくるから」
「はい、いってらっしゃい」
微笑みながらふりふりと手をおとなしく振る天野さんを見て、こういう天野さんも、いつもの天野さんとはまた違った意味で、私の調子を狂わせるなと思った。
私の中の天野星という人間のイメージを、変える必要があるのかもしれない。
変える変えない以前に、知ろうとしなければいけないけれども。
そもそも、私は天野さんの何を知っているのだろう。特筆できるようなことは知らない気がする。
何も知らないという事しか知らない。
この状態に名称があったはずだ。サボった授業を自習した時に読んだ教科書にあった気がするのに、思い出せない。
もやもやして今すぐ調べたくなるけれど、腹の虫を鎮めることを優先しないといけない。
忘れたことも思い出すことも、知らない人間を知ろうとすることも、どちらも私には難しいことだ。
今の私にできるのは、扉を開けて二人分の食事を調達してくることだけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます