第10話 ふたりのひとりごと

 私の安寧の地はどこへ行ったのだろう。

天野さんがこの部屋に住んでから、私の落ち着く時間は半分に減ってしまった。


今日の朝なんて強引に起こされて食堂に連れていかれたし。

夕方に勉強していたら、「おかえり」を強要されたし。

その後も強引に勉強を教えられたし。


 ただそのどれも、天野さんが正しいから何とも言えない。


朝ごはんを食べるのだって、食べないよりは遥かにいい。

おかえりの挨拶だって、人間として必要最低限だし。

勉強も、授業を受けた人に教えてもらったほうが独学よりもよっぽどわかりやすい。


ただ、一緒に食べてこっちを見つめてくるのは困る。調子が狂うから。

挨拶だって、しなかっただけであんなに絡んでこないでほしい。対応に困るから。

勉強も、あんなに近くに来ないでほしい。いろいろと気になってしまって仕方がないから。


 特に勉強が困る。

 何が困るって、服装が困る。きっといつもああじゃないと思うけど。

あんなにも胸元が空いている服を着られると、いくら気にしなくても目線が向かってしまう。不可抗力だと思う。

 絶対に、朝食の時に少し胸元を見てしまったことを天野さんは知っている。だからあんな服を選んだに違いない。シャワーを浴びる前「うーん、やっぱりこっちにしよう!」とか言っていたから絶対にそう。いじわる。

 どうしてそんなことをするのか、本当に全く微塵もわからない。

今までにあったことのないタイプの人間だから、困る、非常に。


 百歩譲って、ご飯も挨拶も勉強もいい。我慢できる。

 ただ、服装だけはどうにかしてほしい。

 本当に困る。



======================================


 やっぱり草下さんは面白い。

動画に撮って残しておきたいくらい、目線が泳いでた。

シャワーを浴びる前に、いつもとちょっと違う服を選んだかいがあった。


 ……ちゃんと解説したこと、わかってくれただろうか。

次からはやめておこう。あんまりすると草下さんがかわいそうだ。

 別に私は草下さんをいじりたいわけじゃない。

いじられてる草下さんの反応が知りたくて、やってみると面白くて、ついついしてしまうけど。


 朝起こすときも、小鹿みたいに震えて目を閉じて、くちびるをきゅっと結んで。

——まるで、キスするのを待っているみたいだった。


 草下さんにキスしたら、どんな反応をするんだろう。

朝起こすときに草下さんを抱えたのだって、もはやほぼハグだ。

でも、私の思ってるハグとはちょっと違う。私が知りたいのはそうじゃない。


 私が知りたいのは、草下さんが今からハグをされる、する、キスをされる、するとわかったときにどんな反応をするのかが知りたい。

不可抗力ではなく、自身が選んでする行いについてどう考えて、どうなるのかが知りたい。

 ハグはできる。でも、キスはちょっと、今は少し私にも抵抗がある。

でもいつか、してみたい。私の初めてを草下さんにあげることになるけど。

別に初めてを特別だと思っていないから、草下さんの反応を見られる対価としては釣り合っていると思う。

 どんなシチュエーションでしようか。考えるだけで今から楽しみだ。

草下さんは意外と恋する乙女だから、やっぱり雰囲気とか作るべきかも知れない。


 まぁ、当分は今日の目の泳いでいた草下さんで我慢しよう。


 それに、明日はここにきて最初の週末だ。

 草下さんはなにをするんだろう。なにがしたいんだろう。

まぁきっと、ずっとゴロゴロしてるだろうけど。

 外に連れ出してみたい気はある。押せばきっと一緒に来てくれるだろうし。


 今から色々楽しみで、遠足前日みたいに心が軽い。

 このままどこかに飛んで行ってしまいそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る