第8話 目線と脂肪

 学校の授業の大半は退屈で苦手だ。

ただ、どの教科が苦手というわけではなくて、教える人が下手だったら面白くないから苦手、といった他人による要因が大きい。前の学校は社会の先生が外れだったけど、この学校は理科の先生が外れみたいだ。授業はぬるっと始まるし、始終黒板に向かって喋っているから何一つ聞き取れやしない。


 教えるのが上手い人は、授業の導入が上手だ。私達生徒の当たり前を覆したりして、興味を沸かせるのが上手。今教壇に立っている数学の先生がこれに当たる。


 他人に影響されない唯一苦手な教科は体育だけど。理由はお察しといった感じだ。目線は集まるし、触られるし、激しく動くと痛いし。こんなの無ければいいのに。

あっても、良いことは一つもない。ただでさえ気になる体重はこの二房のせいでみんなより重いし。


 先生が公式らしきものを板書して解説しだしたから、ノートにとって発言をまとめる。シャーペンをノートの上に踊らせるこの時間は嫌いじゃない。



 そういえば、朝ごはんを食堂で食べてるとき、草下さんは私のことをじろじろと見ていた。主に胸のあたりを。草下さんの目線はわかりやすい。


 何を考えていたのだろう。やっぱり大きさが気になるのだろうか。

草下さんも他の人と同じように、この脂肪の塊を触ってみたいと思うのだろうか。同じ女なのだから、草下さんにもあるだろうに。

 物珍しいのはわかるし、その感触を知りたいというのもまぁ……わからなくもないけど、できればやめてほしいなと思う。誰であっても、体をべたべた触られるのはいい気分はしない。


 そんなことを考えていたらチャイムがなって、今日の最後の授業が終わった。頭は別のことを考えていても、しっかりノートを取れている私は器用だなと他人事のように思いながら、教科書を鞄にしまっていくと、隣から声を掛けられた。


「ななな、星ちゃん、ちょーーっとノート貸してくれん? 寝てしもてさ~」


 隣の席のつつみさんが手を顔の前で合わせて懇願してくる。昨日も数学の授業が終わってからこんな会話をした気がするから、堤さんと数学は相いれないのだろう。


「いいよ~、あ、でも帰ってから使うから、写すなら今がいいな。はい」

「ありがとうな! ほな秒で写すから!」


 私が差しだしたノートを両手で受け取って、目にもとまらぬ速さでシャーペンを動かしていく。あの速度で書いて、後で読める字になっているのだろうか。私の知ったことではないからいいけど。


 教師が入れ替わって、終わりの会みたいなことをしている間に貸していたノートが返ってきて、今日の学校が終わる。

 席を立って寮に帰ろうかというところで、また堤さんに話しかけられる。


「星ちゃん、放課後暇? よかったらカラオケとか行かん? ノート貸してくれたお礼にさ!」

「う~ん、ノート貸しただけでカラオケは等価じゃないんじゃない? それに、堤さんきっと次の数学もノート貸してって言いそうだから、そのペースだと堤さんのお財布が心配になるよ~」

「それもそうやな……。 ほな、また今度誘うわ! ウチも財布は大事やし! あでも、星ちゃんも大事やで!」

「財布より?」

「財布より!」


 そんなあほな、とツッコミを入れたくなった。

そんな価値が私にあるんだろうか。卑下するわけじゃないけど、嘘のようにも聞こえる。

きっと堤さんに悪気はないから、いいけど。


「ほな、カラオケはまた今度な!」

「うん、また誘ってね~」


 白い歯を出して笑う堤さんに、堤さんよりは控えめに笑いながら手を振る。

 

 堤さんみたいに、表裏のなさそうな人は好きだ。接していて疲れない。

本当に表裏があるかどうかはまだわからないけど、必要以上に警戒しなくて済む。

それに、まっすぐな瞳は私の胸に向かっていなかったし。


「さて、帰ろ」


 そして、堤さんより表裏のなさそうな人のもとへと足を運ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る