第7話 甘いもの、甘い人

 目の前で食堂の和定食をひょいぱくと、にこにこしながら黙々と食べる天野さん。

朝からよくあんなに食べられるなと思う。私が一日に食べるような量を朝食としてとっている。まぁ、私の食べる量が少ないのはわかっているけれど。

 一体、私より小さいあのからだのどこにその栄養は行っているのだろう。そこまで太っているわけでもないだろうし。

 目線は自然と私よりたわわなそこに行ってしまう。

 ……納得した。せざるを得ない。

 目線を’’たわわ’’から顔に移す。本当によく食べるし、なんだかおいしそうに食べる。変な気分になりそうだ。


 食器の上の色とりどりの食品が次々と小柄な体へと消えていくのをじっと見つめてしまっていたのだろう。天野さんがもちょもちょと咀嚼しながらこちらを覗いて、頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げてくる。居心地が悪くて、手元に目線を戻した。


 手にあるメロンパンをもそもそと食べる。サクサクの外側ともっちりした内側のハーモニーが私の好みだ。甘くておいしいし、満足感も高い。

 一つだけ挙げるとしたら、時間を気にして飲み物を買うのをやめなければよかったと後悔している。すでに口の中が甘々のもさもさだ。


「よかったら私のお茶、飲みます?」

「……エスパーか超能力者なの? あなた……」

「えへへ」


 ふにゃりと笑って、少し減っている緑茶のペットボトルを差し出してくる。

空けられて少し隙間の空いたペットボトルのキャップをしばらくじっと見つめた後、天野さんの顔を見る。当の本人の唇は次の食材を新たに迎え、またもちょもちょしている。


「……!」


 私の視線の意味を察知してか、口に入っているものを急いで飲み込み、ペットボトルを寄せ戻してキャップを開けて私に差し出してくる。


「こういうことですよね! まったく、甘えん坊なんですから~」


 全然違う。掠りも惜しくもない。少しでも気にした私が馬鹿みたいだ。


「…………はぁ、そういうことでいいわ」

「え、違ったんですか? じゃあどういうことなんですか~?」

「言わない」


 差し向けられたペットボトルを奪い取って、口を付ける。

流れ込んでくる液体は甘さしかなかった口内に苦味を連れてきて、バランスを整えてくれる。

 ——と思ったけれど、いつもより甘く感じて期待外れだった。


 前言撤回、天野さんはエスパーでも超能力者でもない。

 単なるお人よしの世話焼き、それなのににぶい人だ。



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 ご飯を食べおわって、部屋へ戻る廊下は朝日に照らされて照明のように明るい。


「……どうしてついてくるの?」

「どうしてって、部屋一緒じゃないですか」

「それはそうだけど、先に戻っておけばよかったじゃない」

「それだと、草下さんどこかへ行ってしまいそうですし」

「……私を子供か何かと勘違いしてないかしら」


 天野さんは私より多い量の定食を、私のメロンパンより早く食べきって、そそくさとトレーを返却台に返して元の席に戻ってきた。つまり、私の目の前だ。

 じっと見つめてくるから、ひどく食べにくくて、いつも遅い食事がなお遅くなった。


 それでも、天野さんは私を待った。

食堂が朝の営業時間を終えるギリギリまで、メロンパンを咀嚼していた私を。

 

 私を見つめる彼女の目はいつもと同じで、でも少し違った。

まるで幼稚園児が、たこ焼きを返している店員を興味津々にみる感じだった。


「草下さん、この後どうするんですか?」

「……もちろん、学校になんていかないわよ」

「え~、私草下さんと学校に行きたくて待ってたのになぁ~」

「わかりきった嘘を言わないで」

「そんなことないですよ~」


 ぐるぐると私の周りをまわりながら、屈託のない笑顔を向けてくる。その表情が私には朝日ぐらい眩しい。


「私となんか行ったら、変な噂を立てられるわよ」

「大丈夫ですって~」

「貴方が大丈夫でも私が大丈夫じゃないの」

「むぅ~」


 まだぐるぐる回ってる。衛星か何かなんだろうかこの子は。

 くだらない会話が早く終わってほしいという願いが届いたのか、気が付けば部屋のドアの前まで来ていた。


「ほら、早く教室にいって」

「ほんとに一緒に来てくれないんですか?」


 ドアを開けて玄関に入ろうとする私を通せんぼして、うるうるとした眼を私に向ける。

 邪魔だから右によけて入ろうとしたら、天野さんが右に寄って進路をふさぐ。左によけたら左に寄って進路をふさぐ。


 右に、左に、右に、左に。随分と長い間このイタチごっこをしていたと思う。

天野さんの眼は諦めという言葉を知らないみたいで、未だにうるうるしている。どうやったらそんなに長時間うるうるできるのかぜひ教えてほしいところだ。

教えてと言ったらきっと、今よりもっと面倒なことになるからしないけれど。


「……いつになったらどいてくれるの」

「草下さんが学校に一緒に行ってくれるまでどきません!」

「そこにいられると学校に行きたくてもいけないんだけど」


 学校に行く気なんてないし、このまま玄関で反復横跳びまがいの行為が続くのも目立つし疲れるし、そろそろベッドで横になりたい。

私の活動時間は夜だから、この時間に起きていること自体が奇跡だと思ってほしい。


「……今度一緒に行ってあげるから、今日は勘弁して」

「うぅーん……わかりました。 今度ですね! 絶対ですよ!」


 結局折れたのは私で、果たされるかどうかも確かじゃない約束を取り付けて、その場を収めた。

 私との我慢比べに勝った人は満足したのか、とたとたと部屋の中に消えていった。

 すぐに部屋にもどろう。そうじゃないと、天野さんが戻ってきて、今度っていつにします?だとか話かけられて面倒になりそうだ。

 まぁ、戻る部屋も同じなのだけれど。天野さんから逃れるのは難しそうだ。


 はぁ、と自分らしくない考えと行いにため息が出る。

 その”今度”も、この調子だときっとそう遠くない未来に訪れそうだ。

 つくづく私はあの子に甘い。

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