第5話 私の知らない、星の温かさ
はぁ。
今日は散々な日だった。
逃げ込んできたシャワールームの扉に背中を預けて、座り込む。
すりガラスが服越しに触れた背中がひんやりと冷たくて、熱された頭が少しづつ冷めていく。
朝は今までいないルームメイトという存在が気になってゆっくり出来なかったし。
学校にはサボらずに出たけれど、ひそひそ聞こえてくる周りの声が耳障りで、何度も教室を逃げ出そうと思ったし。
お昼だって、ご飯を食べようと食堂に行ったは良いものの、席は空いていないし、人は多かったから、結局、滅多に人が来ない階段の踊り場で、一人静かに本を読んで過ごしたし。
まぁ、これは学校に来た時のいつものことだから、今までにもあったことだから気にはしていない。
一番の問題は、学校が終わってからだ。
私の唯一の安息の地の担っていた寮の自室は、今や天野さんという天災によってその役割を失っている。
今までのルームメイトと違って、彼女は私に積極的に接触してきた。
私は静かに過ごしたいのに、あの子に質問攻めにされて少なくない時間を拘束されたし。
挙句の果てには、私が一番触れてほしくない過去について、あの子は足を踏み入れようとした。
——好きな人とか、いますか?
好きな人。
そんな人、今はもういない。これから先も、作る予定はない。
私に、そんなに距離の近い人間は要らない。
私は一人でいい。
……いつからだっただろうか。
こんなに人付き合いを煩わしく思い出したのは。
発端はきっと、家族だ。
一番の原因は、また他にあるけれど。
私には、出来のいい妹がいる。
私より勉強ができて、運動もそこそこで。
なにより、人付き合いが上手い。
私にないものばかり、私の妹は持っている。
愛嬌や素直さ、その他にも色々あるけれど、一番は甘え方が上手い。
だから、両親も妹を贔屓していくようになった。
……気がする。
わかっている。両親に妹を贔屓する気はなかったのだろうし、妹に両親を取る気もないだろうことは。
両親は、私が急に実家から遠い高校を選んでも反対しなかったし、多額の授業料だって嫌な顔一つせずに出してくれている。たまに、元気かとメッセージだって来る。
私はきっと、しっかり、両親に愛されている。
妹だって、たまに連絡をくれる。日々の他愛のない出来事だったり、クラスの恋人事情だったりと、内容はまちまちだけど、私を嫌ってはいないだろう。むしろ、慕ってくれているとさえ思う。
それでも、中学のころの私は耐えきれなくて、実家から離れられるこの高校を選んだ。
親が憎かった。妹が羨ましかった。そのことしか頭になかった。
今はもうそこまでの負の感情は無いけれど、逃げてしまった後ろめたさは、私の跡をずっとついて回っている。
——そう、天野さんは私の妹に似ている。
教室で見た限り、人間関係を構築することは得意だろうし、それぞれの距離感に適切な甘え方だってわかっているみたいだ。天野さんの周りにはいつも人がいる。
だから、私は天野さんが苦手だ。
私にだって容赦なくその対人スキルを発揮してきて、その姿は妹と少し重なる。
まだ甘えられたことはないけれど、きっとこの先遠くない未来にはあるだろう。
そうなったとき、私はきっと天野さんを拒絶できない。
天野さん以外なら、容赦なく突き放して、心のシャッターを締め切るだろう。
わかっている。これはきっと、単なる私のエゴだ。
きっと私は、甘え上手な妹を妬んで羨んで、遠ざけた後ろめたさを天野さんを受け入れることで晴らそうとしているのだろう。受け入れられるかはさておいて。
——それとはまた別に、天野さんといることは、なぜか悪い気がしない。
私に、距離の近い人間は要らない。
私は一人でいい。
寂しくなんかない。ないけれど。
座りながら、シャワールームの窓の外を見上げる。
雲一つない夜空には、名前も知らない明るい星が一つだけ、私を照らしている。
星の光が、冷めた私の心をじんわりと温める。
「星の一つくらい、あったっていいか」
そう、今は思えた。
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