第76話 呪術師と欲望


 違う生き物に変貌した赤髪を地面に縫い付けた。


 トドメの一撃は今の俺が放てる最長最大のウィングドスピア投擲だ。

 唸りを上げて撃ち下ろされた裁きの杭は黒面を貫き半ばまで地面に突き刺さる。


 3本の槍に貫かれた黒い異形は現代アートの様にも見える。

 憑き物が落ちるかの様に黒い瘴気が霧散して行き、筋肉ではち切れんばかりの身体は少しずつしぼんでいく。


 肉体的にも魂的にも赤髪は終わってるだろう。

 強い力には強い代償が求められるのは必然、因果応報は世の理だ。


 そう、それほどの強い力が眼前に顕現しているのだ。

 摂理に抗い肉体を作り変える程の力が、である。



 ――――ヤバい。



 呪術師の勘が警鐘を鳴らす。

 呪術的に負の因果律で編み上げたコイツを贄だと認識したナニかが惹き寄せられる条件は整い過ぎてる。


 慌てて御祓いをするが厄が強過ぎて焼け石に水だ。

 そもそも俺の呪術は出力が低い。


 案の定、良くない気配が集まって来る。

 崩壊していく黒面から溢れる瘴気が、まるで零れ落ちる液体の様に地面に広がり魔法陣を形成していく。


 ビリビリとやって来る存在感の圧に身体が震える。

 立っているのがやっとだ。


 余りにもの圧に刺さっていた槍が吹き飛んで行く。

 が、そんなのメじゃ無いくらいの圧がやって来る。


 加速度的に上昇する圧が臨界点に達すると感じた瞬間、魔法陣から何かがバクリと黒面だったモノを丸呑みした。

 丸呑みした様に感じた。



 そして場は一転して凪いだ。



 静寂と言うには煩いくらいに不安の詰め込まれた無音。

 そこに存在するだけで背筋を直接撫でられてるかの様に魂の存在ごと脅かされてるのが感じられる。


 そんなが顕現していた。


 闇術使いの俺が見通せない闇を纏って、真っ黒な……いや、色では表現しきれない“無”とはこう言うモノだと無理矢理悟らせられる存在がそこに無かった有った


 視線の様な何かが俺を捉えてるのが分かる。

 そして「望みは何か」と言葉では無い伝達方法で問い掛けてくる。


 呪術とは何かを代償にして奇跡の代行を請う祈りである。

 そして命を贄とした劇な黒面を代償に捧げたならば、どれ程の奇跡を享受出来るのだろうか。


 金か力か叡智か美貌か寿命か……


 ぞわぞわと胸の内に様々な欲望が湧き上がる。

 抱えきれない程の金貨の洪水が奏でる音色が響き、酔い痴れる程の万能感と共に全身に力が溢れる。

 

 耳元では叡智が囁く……呪詛返しを食らって無かった赤髪は他人に呪術を行使させていたのは明らか、ならば自らに施した黒面の呪法にはどれだけの他人を捧げていたかは想像に難くあるまい?それだけの命を代償として得られるモノは計り知れないだろう?それを知るのが叡智の選択ぞ……と。


 誰もが崇め、称え、平伏す賞賛と賛美の感情が濁流となり包み込む。

 衰えぬ、使い切れぬ程の情熱と衝動が尽きぬ泉の様に湧き上がる。


 身を焼く程の業火の如き“実現させる力”が魂を覗き込んでくる。

 望めば全てが手に入る、と甘く昏く脳に蕩け込んでくる。


 俺が望めば世界が変わる。

 ならば変わった世界は俺に何を求める?

 

 俺が“主人公スーパーヒーロー”となり暴れまくる冒険譚?

 どんな女も即落ちるハーレムラブストーリー?



 

 ――――実にくだらない――――




 強い酒は美味いが飲み過ぎると後悔するのが関の山だ。

 贅沢なご馳走は毎日だと飽きるし、偶に食すからこそ美味いのだ。


「御しきれる欲望と御しきれる力が有ればそれに勝るモノは無い。ならば俺は既に手に入れている。そんな矮小な生き物を、どうか生暖かく見守っていて頂きたい」


 “いのり”では無く“意宣いのり”、“請願せいがん”では無く“誓願せいがん”。

 神仏を尊び神仏に頼まぬ姿勢こそが辿り着く先なんじゃないかと、その時俺は思った。


 すると存在虚無は興味半分興冷め半分と言った感情を残し、静かに消えていった。

 晒されていた圧が抜けると麻痺していた感情が戻ってきて……その場にへたり込んだ。


 俺には身を焼く程の欲望を叶える力よりも、トロトロ弱火で煮込んでささやかな食欲を満たす方がお似合いなのだ。

 そこに一献付くなら言うこと無く、お代わりがあるなら尚重畳ってなモンだ。

 


「御身が望めば世界は変わり、世界から望まれれば御身も又変わるでしょう。されど強き力を望めば揺り戻しもまた強く大きくなります。因果応報は世の常、努々ゆめゆめお忘れ無きよう」



 イーエフ爺の言葉が胸に湧いた。



 

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