第72話 呪術師と光の剣


 逃走生活に入ってそれなりの日数が経過した。


 追う者と追われる者との攻防戦は目に見えない心理戦の様相を呈している。

 選択肢の裏に潜む罠に神経を擦り減らし、抜けない疲労は溜まるばかりだ。



 主にアイツらの方が、なんですけどね。


 流石に首謀者であるA級冒険者パーティは余力を残しているが残りの戦力は散々な有様だ。

 取り巻き連中は最近フロンテアに流れて来た新参者、或いは徒党を組めば何とかなると思ってる馬鹿しか居なかったのだ。


 魔の森深層は、そんなに甘い場所じゃない。

 中層と比べるべくも無く隔絶した世界だ。


 中層が余裕だったからとお試しで挑戦すると命を落とす場所なのだ。

 フロンテアに住む者達の常識だし、そうで無くとも普通の冒険者なら稼ぎになる迷宮ダンジョンをスルーして更に森の奥まで足を運ぶなんて事はしない。


 お山の大将を気取ったボス猿に扇動されて、取り巻き共は覚悟も準備も足りないままに危険地帯ホットゾーンに踏み入ってしまったのだ。

 不幸な事に頼みの綱のボス猿には群れを守る意識が薄かった様で、自分の身を守れなかった奴から脱落していった様だ。

 

 元々フロンテアで活動していたな冒険者は魔の森深層と聞いて二の足を踏んでいたし、実力があるB級連中は“黒鬼殺し”を楽しんで森が落ち着いた後は迷宮ダンジョンに引っ込んでいた。

 黒鬼討伐により沈静化したと言う事は、森の異変は黒鬼が原因だったと断定して良いだろう。



 脱落者が発生し、士気も落ちるだけ落ちて万々歳なのだが都合の良い事ばかりでも無い。

 取り巻き共を切り捨てて、本気になったボス猿達は少数精鋭となり追跡のスピードを上げてきたのだ。


 生々しい追跡の感情が牙を剥き、あぎとを開き肉薄するのをと感じる。

 そろそろ逃げ回る時間は終わりを告げるらしい。



 ――――――――



 最終決戦の場は魔の森深層となった。


 長期的に受けている植生調査の折だ。

 どうやら向こうさんはタイミングを計ってた様で、余人を交えず決着を付けたかった様だ。


「こんな所まで追いかけて来るとは年季の入ったストーカーだな」


 まずは軽く煽ってご挨拶だ。


「随分な口を聞いてくれるじゃないか、呪術師」


 目に掛かる金髪をキザったらしく掻き上げながら、ピカピカに磨き上げた鎧の男が姿を現した。

 強い視線で俺を射抜く……乗せてる感情はあざけりと殺意、随分と馬がかかってる様だ。


「貴族に呪術を仕掛けた真犯人は“陽炎ミラージュ”と言う呪術師。そして事件は此処ここで幕を閉じるってワケだ」


 何処となく陰気臭い赤髪が場に酔った雰囲気で台詞を吐きながら金髪に並び立つ。

 どうやらA級冒険者パーティ“光の剣”の二人が揃い踏みの様で他に気配は無い。


「ふ〜ん……何か証拠や根拠でもあるんかい?無けりゃあ正義の味方ゴッコは他所でやって欲しいんだけどな。今俺は仕事中なんだよ」


 本当に一体何が彼らをここまで衝き動かすのか疑問だぜ。


「逃げ回ってたのが何よりの証拠だろう?」


 金髪が俺を指差す。

 人を指差すなって教育受けてないんかな。


生憎あいにくと俺は“陽炎ミラージュ”だなんて二つ名持ちじゃ無いんでな。人違いじゃあござんせんか?」


 取り敢えず何処まで確信を持ってるのか一応聞いてみる。


「犯人は“陽炎ミラージュ”、これは間違い無い事実だ。そしてフロンテアに呪術師はただひとり」


「探し回るのも大変だったんだぜ?」


 台詞を分ける高度な連携プレイ……コイツら、デキる!?


「随分とザルな論法だな……しかし何でまたソコまで事件に首を突っ込むんだ?」


 そもそも貴族を呪った真犯人はとっくに死んでいる。


「呪術師が居りゃあソイツが犯人なんだよ」


「何せ“陽炎ミラージュ”は俺達だからな」


「そして俺達が探してるのはなんだよ」 


 あぁ、確信どころか確信犯でしたか。

 しかもの聖騎士との魔剣士で“陽炎ミラージュ”とはねぇ……


「と言う事でココが呪術師の逃避行の終着点だ」


「裁きを受けな!」


 金髪が前に出て剣を構える。

 赤髪は後ろに下がりフォロー?


「どうした?二人がかりじゃないのか?まさか騎士道精神とやらか?」


 俺は問い掛けながら新調した片鎌槍を構える。

 金髪はニヤリと笑みを返しながらジリジリにじり寄ってくる。


「これでいいのさ、呪術師!」


 魔法で刀身を光らせながら金髪が吠える。

 目立たぬ様に霞で展開させていた呪術の闇は光を受けると……



 崩壊した。



 

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