呪術師逃走中

第64話 呪術師と清掃


 街歩きにも大分慣れてきた。


 雑多な人混みと雑多な感情のウネリに当初は辟易へきえきとしたもんだが慣れとは恐ろしいものだ。

 だがシティボーイな俺が街に馴染まないなんて事はあり得ないだろう?


 ……嘘だ。

 正直に言えば未だにチョッピリ苦手ではある。


 特に妬み嫉み憎しみ驕り嗜虐と言った負の感情はイタダケナイ。

 大多数の人間がそうでは無いのだが人が集まれば色んなのが居る。


 感情のウネリも人々の摩擦や衝突の末に薄まらずにおりの様に溜まるのだ。

 だから人は時として息抜きが必要なのだろう。


 瘴気とまでは行かないが感情の淀みは良くないモノを惹き寄せる。

 放っておけば悪い具合に熟成してけがれていくのだ。


 その成れの果てが禁足地だったり縁起悪い土地になったりするのだ。

 そうなる前に目に付く範囲で祓ってはいるが好んで裏通り巡りをしている訳でもない、ちょっとしたゴミ拾い感覚だ。


 本来ならば居着いてる住人同士で挨拶なり掃除なりしていれば、その手のけがれは憑かないものなのだ。

 それに態々わざわざ他人の縄張りに首を突っ込む謂われも無い。


 精々向こう三軒両隣り程度が関の山だ。

 特に定宿は発酵食品を仕込んだり燻煙くんえんしたりと割りとやりたい放題させて貰ってるので念入りに祓ったり御裾分けしたりと気を配っている。


 匂いも煙も闇に喰わせてるから被害は出してない、とは言え何がたたるか分からないのが人の世だ。

 “よかれ”と思った事が思わぬ形で返ってくるなんざぁ良くある話だ。




「最近じゃあ“呪術師狩り”が流行ってるらしいぜ」


 酒場で飲みながら聞くとは無しに耳に入ってきたのは、そんなフレーズだ。

 何とも物騒な話だが心当たりは無い事も無い。


 昨今の悪さをして呪詛返しを喰らった連中の事だろう。

 呪術に限らず術なんて使い方を誤れば何だってシッペ返しがあるもんだ。


 それをあたかも呪術師自体が悪者でしょっ引かれてると認識されるのは風評被害もいいトコだ。

 只でさえ呪術なんか印象が良くないんだ。


 主語を大きくして認識の浅さを見ぬふりをするのは、声を上げる者も事乍ことながら聞く者の一定数も引きずられて誤った認識におちいる。

 言葉一つで自分も含めた周囲のオツムを悪くさせるなんざぁこりゃ立派な呪術だね、とは笑えない冗句ジョークだ。


 まぁ俺自身は“呪術師でござい”と名乗っちゃいないから直接的な被害は無いだろうが面白い話では無い。

 もしバレたら「ボク、悪い呪術師じゃないよ」ってウルウル上目遣いで説得すればいいのだろうか……その時は是非とも、綺麗なお姉さんにテイムされたいものだ。

 

 しかしそれにしても難儀な世の中だ。

 一度ひとたび社会的な悪と認識された対象が存在すると、常ならばそんな真似をしない様な一般人さえ凶暴化して石もて打つのだ。


 たかが噂、されど噂なのだ。

 流されぬだけの意志と教養は失わずにいたいものだ。



 ――――――――



「“呪術師狩り”が加熱してるらしい」


 数日後に耳にしたのは、そんな悪報だった。

 とうやら呪詛返しを喰らった連中は結構な組織らしく報復合戦の泥沼になっているらしい……本当か?


 どこで空気を入れられたのか割りと高位な冒険書達もフロンテアに流れてきて正義を振りかざしてるらしい。

 まぁ下手人が呪詛返し喰らった黒い跡が憑いてる連中ならば自業自得だろうが、普通に痣がある人とかとキチンと見分けがつくんだろうな?


 冒険者なんざ手が早い連中も多い。

 早まった事にならない様に祈るしか無いのかねぇ。


 そうやって暫くすると街北の雰囲気も殺伐として来てしまった。

 俺が多少祓ったところで焼け石に水だ。


 空気が悪けりゃ流されて悪事に手を出す奴も出て来る。

 スリやタカリが増えてきている。


 何処から流れてきたのか見事な手並みだがヘドロみたいな感情は呪眼にと映る。

 人混みを抜けてまばらになったところで早足になる男の足にボーラを投げつける。


 二代目お手製ボーラ“ザ・ボーラスター”だ。

 倒れた男を投擲杖で押さえつける。


 問答などしない。

 反撃を試みようとする度に打ち据えるだけだ。


 そしてやって来る衛兵に引き渡す。

 そんな事を何度か繰り返してたら衛兵連中とも顔馴染みになってしまった。



 ただ俺の顔を見て「よう!“掃除屋スイーパー”」とか呼ぶのだけは勘弁して欲しい。

 思わず逃げ出したくなるわ……



 

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