第58話 呪術師と悪い空気


 伯爵の寝室には普通じゃない感情が渦巻いていた。


 正確には魔術として編まれる直前の感情の澱だ。

 指向性のある感情の澱はベッドの上の人物、伯爵の魂に触れる事で初めて術として発動する様に仕組まれている。


 そう、伯爵は呪術に侵されてるのだ。

 慢性的な療養の為に部屋の空気は澱んでいる様に感じられるが、それは呪術的に作り出された一種の結界だ。


 窓を開き空気の入れ替えをすれば一時的に払拭されるが、ジワジワと時間をかけて澱んだ空気に戻る仕組みだ。

 物理的な干渉じゃないから症状や状況からは医師でも薬師でも菌術師でも、まず見抜けないだろう。


 魔術的にも術式が形成されるのは対象の体内なので普通の魔術師じゃあ見抜けない。

 見抜けない様に巧妙に隠蔽されているのだ。


 実際、先導してた属性魔術師も空気の悪さに顔を顰めるも風魔術で空気の入れ替えをするだけで呪術には気付いていない。

 洗練された術式に慣れてしまってる現代魔術の弊害とも言えるだろう。

 

 しかも効果は真綿で首を絞めるが如く、だ。

 一発でドカンと死に至らしめるのでは無くに重きを置く、実に呪術的な発想だ。


 そんな害意と悪意を練り上げた様な呪術とか術者には相当のが憑いてる筈だ。

 このテの術は継続的に贄を捧げるか相当因果な呪物を拵える必要がある……どっちにしろ一筋縄じゃ祓えない厄がベットリだろう。


 祓えない程の厄なんか抱えてたら雪だるま式に災いやら不幸を呼び込むものなのだ。

 とてもじゃないが真似したくないね。

 


 ――――――――



「では変異オーガの絡繰りを見抜いた殿の見解を聞かせていただけないかね?」

  

 待機していた部屋に戻ると開口一番、領主お抱えの属性魔術師が聞いてくる。

 試すような視線と口ぶりだが視えてる感情の95割が好奇心だ。


「部屋の片隅にあった壺、多分お見舞いの品なんですかね?神聖魔法か何かの祝福を受けてるっぽい感じのがありましたよね?」


「確か派閥の方からのお見舞い品だと聞いているが、怪しい品かどうかは逐一確認しているぞ?」


 少々訝しげに答えてくれる。


「多分アレ、呪物ですよ」


 確認していようが事実あの壺は怪しいどころの話では無い。


「何故そう思う?」


 あれ?怒らないんだ。

 そりゃ質問されたから答えてるだけなんだけど聞く耳持ってくれるのは上流階級の人にしては随分と心が広いのね。


「多分壺は聖別した材料で作ったんじゃないですかね、あからさまに霊験あらたかな存在感かもし出してましたけどソレで上手いこと厄介なモノを振り撒く仕組みみたいですよ」


「厄介なモノ?」


 もう隠しもしない好奇心丸出しで聞いてくる。


「術式になる前の細かい欠片ピースみたいなモンですね。対象の体内に集まって初めて術式……いや、術式以前の厄物として働くタイプですね」


「待ち給え、そんな術式未満の魔力の断片みたいなモノにそんな複雑な事が出来るものなのかね?」


「やってる事は単純に待ち合わせ場所を編み込んだ術式の断片を外側の壺の発する聖属性のオーラと一緒に散布するだけですよ。部屋に充満したら呼吸で取り込まれて対象の名前なり魔力の質なりを待ち合わせ場所の目印にして一定量溜まれば……そりゃあ身体には良くないでしょうね」


「馬鹿な!そんなのはまるで……」


ですね、よくあんな真似できますよ。代償に内蔵とか寿命とか使うんじゃないですか?そうじゃなくても被る厄を考えると日常生活に支障出まくりだと思いますよ」


「そんな古代の呪法みたいな真似を良く見抜いたな」


「こう見えても多少は呪術を嗜んでましてね。呪物の御祓いくらいなら出来ない事も無いですが、同じ様な呪物を再現しろってのは御免ですよ?あんなモノは一度手を出したら後々まで祟ります、ご禁制の薬よりたちが悪いですからね」


 このテの呪術は代償が重たい。

 人を呪わば穴二つ、とは良く言ったものだ。



 やはり呪術とはスマートでマイルドに使いこなすに限る。



 

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