第55話 シャリーの回想


 肩肘を張って生きて来た自覚はある。


 女だてらに剣と忠義の道に生きると言うのは生半なまなかではない。

 剣の腕を磨き礼法を修め、騎士としての最低限の学問も修めた。


 剣術の腕は悪くは無いが全体を見据えるセンスが絶望的に無いらしい。

 師匠には「目と勘はいい、目の前の敵に集中すれば活路が開けよう……むしろお前はそれしか出来まい」と半ばさじを投げられた。


 それが私の持ち味ならば“目”と“勘”を磨こう。

 そうやって鍛錬を重ねて自分なりに幾つかの壁を越えたと思えた頃に、騎士として取り立てられていた。


 その時の任務も“勘を磨くのに良い経験”と思い志願して引き受けた。

 魔境の呼び声高い“魔の森深層”での希少植物採取だ。


 私も人の事は余り言えないが、同行者達は私以上の猪武者が揃っていた。

 否、立ち振舞から見るに何かのガス抜きに近かったのかも知れない。


 幸いな事に我が主君は思慮深く無体な事などせぬ御方……だが所変われば何とやらで浅慮で朝令暮改な命令に振り回される騎士も少なくないと聞く。

 心中察することも詮無きこと故黙っていたが、一頻り暴れると落ち着いて来た様な気がする。


 そして暴れるのはこれで仕舞いと赤鬼レッドオーガ青鬼ブルーオーガの群れと戦ってる時には現れた。

 対峙していた青鬼ブルーオーガの視線が不自然に泳ぐ……青鬼ブルーオーガは素早い、躊躇っている暇など無く勘に任せて踏み込み斬りつける。


 手の中に確かな手応えを感じつつも、もっと前に突っ込めと勘が囁く。

 ソレに従い更に踏み込み、オーガの背後まで駆け抜ける。


 

 ――――そのまま背後から吹き飛ばされた。



 天地も分からぬまま地面を転がされ立木に叩きつけられる。

 身体に力が入らず、視界も霞む……痺れる様な寒い様な、そんな水中に沈んでいく様な感覚の中で身体の何処かを押さえていた掌を見ると血で濡れている。


 血濡れた掌の向こうでは、騎士達の中で黒い鬼が羅刹の如く暴れ回っている。

 隊列の乱れた騎士達を色違いの鬼達が襲っていく……オーガの伏兵、しかも話にも聞いたことが無い変異種とは運が悪い。


 これで終わりかと覚悟を決めたら今度は黒い嵐は残りの鬼達も等しく屠っていく……

 そこで意識が途切れた。



 ――――――――

 


 夢を見ていた。

 死神にはらわたまさぐられる夢だ。


 地獄に送り込む前に腑分ふわけでもしてるのだろうか。

 不思議に痛みは感じないが強烈な違和感にさいなまされる……当然だ、そんなところは自分でも触る機会など無いのだ。


 意識はゆっくりと暗く深い海に沈んでゆく。

 いや、沈んでいた筈だ。


 それが気付けば揺蕩たゆたっていた。

 そして少しずつ浮かんでいく様な微睡まどろみに変わっていた。



 ――――――――



 酷い喉の渇きで目が覚めた時が、私が記憶しているリオン殿との出会いだった。

 波間の微睡みを誘っていたハンモックに気づかず落下したのは今思い出しても赤面ものだ、そう言うところが抜けているのだ。


 確かに重傷を負った筈だが落ちてぶつけた頭の方が痛かったのは良く覚えている。

 そしてその後の粥の味も……あれは病み上がりだからと言う理由だけでは無く、真実絶品だったと断言できる。


 腹もくちくなったところで焚き火を見ていたリオン殿は視線も向けずに川の方向を示した。

 水場で清めてこいとのお達しだったが……込められた気遣いが身に沁みた。


 何らかの治療を受けたのは間違い無いのだが鎧を脱がせた形跡も無かった。

 その鎧も胴が半分吹き飛んでいた……だが傷跡は綺麗なもので今では目立たぬ程度まで回復している。


 翌日の戦いは凄まじいものだった。

 私も参戦の名乗りを上げるが素気すげ無く断られた。


 あの時、リオン殿の瞳に宿っていた闇深さには何も言い返せなかった。

 光届かぬ深い海の様な眼差しは、瀕死だった私の見た夢の色だった。

 

 長きに渡る苦戦の末、無限とも思える体力を彷彿とさせていた鬼は突然に呼吸を乱したいを乱した。

 勝負を決したのは、舞う様に半身で躱した勢いを槍に乗せた薙ぎからの見事な突きだった。


 鬼の胸には禍々しい呪物が埋め込まれていたと言う。

 それを事も無げに解呪した手際も言い当てる深い知識も、槍使いとしてだけで無く魔術師としても熟練である事を物語っていた。


 解呪の際に片手で切った印の所作の美しさが未だ目に残っている。



 街への道中も無口な御仁だった。

 だが先行く足取りからは私への気遣いが伺えた。


 狩人ハンターギルドでのやり取りも必要且つ簡潔なもので舌を巻いたものだ。

 そして同行していた騎士達の亡骸なきがらも回収してくれていた。


 何から何までかたじけない思いだ。

 せめて何らかの謝礼を申し出たが固辞された。


 それでもと食い下がると「一杯奢れ」と言われた。

 あの暗く深い瞳で、だ……あの眼差しに逆らうすべなど私は持ち合わせてない。


 教えてもらった店の料理は絶品だった。

 特に私と同じの名を冠する料理は絶品中の絶品だ。


 良き物を知る者は良き学びを得る……リオン殿の手料理の腕が高いのも納得だ。

 同席した御友人達も各々見識深く、非常に実りある会食だった。



 そして数日後、私はリオン殿に頭を垂れて助力を願い出ていた。



 

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