第51話 呪術師と歪な魔術


 黒鬼が事切れ、更なる脅威が無い事を確認して残心を解く。


 まずは周囲に展開してた辛味茸の胞子の回収からだな。

 同時に御祓いもして浄化する。


「リオン……殿?」


 木陰から出て来た女騎士を手で制する。

 周囲を浄化してもなお、息絶えた黒鬼から宜しくない気配がしていたからだ。


 古傷が目立つ胸元に槍の穂先を突き入れ、ひねる。

 割られた胸部には本来の魔石とは別に黒く変色した魔石が入っている。


 魔術的……と言うよりかは呪術的に編まれた魔力が視て取れる。

 コイツはやくい。


 編み込まれた魔力を読み解いていく。

 よくもまぁこんな気持ち悪い術式を編めるものだと感心すら覚える。


 ただ、まぁ……なんて言うか技巧に凝り過ぎてると言う表現が妥当なのだろうか。

 しかし複雑に編まれてる術式対して、ソレを支える根っこが杜撰に過ぎる。


 無理矢理に因果を捻じ曲げる様に編まれた魔力をほどくと込められていた呪詛が弾ける様に勢いよく飛び出し、残滓は霧散していく。

 黒鬼も元々は普通の、或いは少し変わった程度の変異種だったのだろうと予想される。


 本能や感情の一部を暴走させて肉体の有り様さえ変貌させる術式は、解かれた時の揺り戻しも大きい。

 これはイーエフ爺も言ってた世のことわりだ。


 下手に関わりを持ちたくないので呪詛が帰った先を追うこともせずに念入りに厄を祓う。

 込められた呪詛を、力を失った抜け殻の魔石は静かに砕けた。


「リオン殿……今のは?」


 そういやギャラリーが居たんだっけか。

 どうにも独り歩きが常となってて意識を払うのが疎かになる。


「どうやら黒鬼は自然発生した変異種では無くて人為的に造られた様ですね」


「リオン殿、貴方は私が剣を捧げた御方では無いが紛うこと無き命の恩人。もっと気安い言葉遣いでも構いませぬ」


 このポンコツ風味の女騎士は存外に義理堅い物言いをする。

 相手の身分が分かってから丁寧語を心掛けていたんだけど、どうやらお気に召さないらしい。


「これでも十分気安いつもりですよ。この抜け殻みたいな魔石に魔術……恐らく呪術や付与術と言った手法の術式が込められていました。その狙いはオーガを強化……否、狂化させる強い術式でしょうね」


「むぅ……そんな事が分かるのですか?」


 若干不満気に、眉根を潜めて聞いてくる。


「このサイズに大型の獣に見合う膂力を発現させて更には戦いに飢えた様な行動。生き物としていびつだとは思いませんか?」


「確かに……だが魔物とは元来そういった存在ではありませぬか?」


「一理ありますが人型の器を超える何かが詰め込まれていたのは間違いない……呪は祓いましたがその残滓は見る者が見れば分かります、持ち帰ってギルドに提出ってところが妥当ですね」


 客観的に見ても二足歩行に獣の膂力とスピード、極めて好戦的な思考と嗜好にスキルまで使う……個体の努力で辿り着くと受け入れるには少々無理がある。

 “僕の考えた最強の生物”なんて言葉ワードが浮かぶくらいには充分いびつだ。


 ……もしかしたらコイツが最近の森の異変に関係してるのかも知れない。

 まぁ異常種一体が及ぼす影響なんざ高が知れてるが全くの無関係と考慮の外に置くのも楽観に過ぎるだろう。



 その後は特筆することも無く無事に街に着いた。


 女騎士と共に狩人ハンターギルドに赴き見知った事を報告した。

 変異種の魔石と抜け殻の砕けた魔石、そして女騎士の同僚と思われる亡骸なきがらを提出した。


 買取り金額は当然の様に査定待ち、ある程度の報奨金なりが上乗せされるんじゃないかな?

 個人では無く狩人ハンターギルドを通すのは色んな意味で間違いが起きにくい筈だ。


 だが問題は女騎士だ。


 森を歩く狩人ハンターとして当然の事をしたまで、と言っても命の恩人には変わらない。

「貴族とギルド、組織間の枠を超えての謝意は捧げたい」と引かない。

 

 相手の機微を察せずに自らのプライドから礼を押し付けるのは身分の高い連中が患ってる一種の持病だ。

 ならば一杯奢れと言い放ってやった。


 女騎士が“下町の一杯”が自分の命と同等なのかと憤慨するほどにはおごってなかったのは幸か不幸か。

 人は時として一杯の酒で何事かを捧げたり、一杯の酒で何事かを水に流すものだ……その何事かは本人にとっては命よりも重い時すらある。


 

 さて、その一杯が命取りにならない様に気をつけますかね。



 

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