第50話 呪術師と狩り
対峙する黒鬼に細かく槍を振るう。
下手に大振りなどすれば最悪槍ごと持ってかれる。
牽制を入れ、突くよりも引く事を重視し常に相手の動きに対応できる構えに戻る。
諸説あるが指南書の流派では槍の基本は下段である。
機動力の源である下段を中心に穂先を散らし、極力出鼻を挫く。
攻撃を弾かれた槍を引き戻しながら実感する。
黒鬼は、赤鬼の力と青鬼の速度を併せ持ち更にはスキルまで使ってくるチーターだ。
獣の
人型の猛獣……正に、そう表現するに相応しい。
だが獣ならば狩人の獲物に過ぎない。
最初の兆候は僅かな足の縺れだった。
ほんの少し膝から力が抜けた様な挙動で獣の身体が流れる。
すぐさま威嚇を兼ねた咆哮で自ら鼓舞し襲いかかる。
が、やがて呼吸は乱れ肩で呼吸をしだす。
呼吸には
眼球には涙が溜まり目蓋は腫れてきている。
ようやっと効果を表した呪術の入り具合を呪眼で確かめる。
各種呪術の入り具合を視ながら術の種類をコントロールしていく。
📖<セツメイシヨウ!
そう、賢明な読書諸君はお気付きであろう。
突然の弱体化は菌術によるものだ。
但し黒鬼の身体を蝕んでいるのは特別な病原菌では無く本当に只の風邪だ。
只の風邪で、この様な重篤な症状に繋がるのだろうか疑問に思う方も多いかも知れない。
確かに普通ならば身体の内外に存在する常在菌にサポートされた免疫力で大事には至らない。
だが今回は常在菌に働きかけたのだ。
常在菌に
それだけでは無い。
新たに編纂された呪術「
決して高位氷魔術にある氷点下の嵐を生み出す様な派手な魔術では無い。
だが「
じわじわと重ね掛けされた呪いは体温を、そして間接的に体力を奪い免疫力低下に貢献したのだ。
更には「
そして本能的に持ち直そうと行われる身体の活性化により総合的な消耗は加速する。
トドメは空気中に大量に散布された辛味茸の胞子だ。
乾燥した粉末でも十分な香辛料になるが新鮮な胞子は粘膜に炎症を起こさせる劇薬だ。
劇薬と言えども自然条件下ならば悪くても激しくむせ込む程度で収まる。
しかし闇の世界で呪術的に自家栽培された辛味茸は潤沢な魔力により異常な量の胞子を作り出したのだ。
そして魔力により無理矢理強化された免疫は常在菌の助けを得られぬままに
一種のアナフィラキシーショックだ。
過剰反応による機能不全は各種感染症の誘発を止められない。
名前の無い各種感染症の総合的な症状を風邪と言う。
風邪は万病の元、
📕<ジュジュツノオウギ、ココニアリ
獣の本能でジリ貧だと悟ったのか黒鬼は捨て身で突っ込んでくる。
一際濃くした朧で視界を制限し
躱しながら武器を身体の後方に置く“隠の構え”をとる。
槍術に於ける“隠の構え”は相手の視界から槍を隠す事よりも大振り前のタメを作る意味合いが大きい。
半ば担ぐような構えから二の腕を支点にして水平に槍を薙ぐ。
たたらを踏んだ黒鬼のコメカミに刺し止めが埋まる。
視界の外……意識の外からの一撃は常に
恐らく意識は飛び、頚椎は損傷を負っただろう。
頭を振り無理矢理意識を繋げる動作は隙だらけで見る影も無い。
身体強化の途切れた足首に槍を突きこむと容易く膝をつく。
最早、死に体だ。
――――抜き足。
鬼の瞳に浮かぶは死相。
――――刺し足。
映る感情は絶望と疑問。
――――送り足。
生命の散りざまを残心で見送る。
鬼の敗因は強さ故に臆病さを忘れ、そして更に強くあろうとした事だ。
獣の様な強さを求めるならば四足歩行が最も合理。
二足歩行は、まず頚椎の構造が弱い。
そして弱点である腹を晒している上に、片足でも負傷すれば簡単に機動力が奪われる……生き物として構造的に弱いのだ。
二足歩行は決して強くない生き物が弱点を晒してでも生き残る為に、文字通り立ち上がった奇跡の軌跡だ。
故に技に頼り知恵に頼り経験に学ぶのだ。
技とは強き者が更に強さを誇り振るわれるものでは無い。
その本質は弱さを認め、臆病ながらも立ち向かう為の術なのだ。
臆病者が編み上げた術に強者が足元を掬われ、狩られた……ただそれだけの事だ。
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