第49話 呪術師と黒鬼


 術後の経過は良好の様だ。


 但し物騒な輩が深層を彷徨うろついてると言う情報も得た。

 問答無用で襲い掛かって来るらしい。


 ギザギザなハートの持ち主だって近づく者しか傷つけないのに態々わざわざ戦う相手を探し回ってるとか何時の時代のヤンキーでしょう?

 きっと薄いカバンにカラーテープとか巻いてるに違いない。


 そんなのが彷徨うろついてる所で呑気にピクニックなんかしてる場合じゃないので早急に撤退を開始する。

 そもそも深層なんかピクニックには絶望的に向いてない。


 騎士子さんには任務は失敗と諦めてもらう。

 命あっての物種だし、折角救えた命を無駄にはして欲しくないからね。


 何より病み上がりで本調子ではないだろう。

 余計な戦闘は避けたいので二人まとめて闇で包む、術の自由度が上がった事による応用だ。


 確か迷宮ダンジョン周辺を囲う様に魔除けの茨が植えられた筈だ。

 そこまで行けば一先ず安心できるだろう。


 そして後しばらくと言う所で異変に気付き立ち止まる。

 辺りに動物の気配が無いのだ……何が起きてる?


 深層とは言え小動物は存在する。

 皮肉にも強い生物達の生存競争の結果、小動物を捕食する動物が駆逐されてるからだ。

 だが、その小動物の気配すら無い。


「リオン殿、どうされたか?」


 問い掛けてくる女騎士をジェスチャーで黙らせる。

 その瞬間、辺りに魔物の咆哮が響き渡る。


 ……やられた。

 安全地帯である魔除けの茨が植えられている場所に向かう途中を張られていたのだ。


 あんな全周囲への無差別な威嚇なんかされたら小動物すら一定圏内から逃げ出してるだろう。

 つまりは生物が何も無い場所エリアを意図的に作り出したのだ。


 いくら闇を纏っていても俺の隠形術は周辺に自然に溶け込むイメージで展開させている。

 意図的に作られた“不自然な無”に自然に溶け込むってのは、どうしても違和感を覚えさせてしまうのだろう。


 案の定、物凄いスピードで近づいて来る気配が一つ。

 恐らく交戦は避けられないだろう。


 女騎士を適当な木陰に隠れさせる。

 なんか自分も戦うとか言ってたが本調子じゃない上に碌な武装も無いなら足手まといだと言い聞かせた。


「足を引っ張って俺を殺したいのか?」


 その一言が決め手になった。

 近づいて来る気配は色付きオーガ以上なのだ、本当に余裕など無い。



 鎌槍ウィングドスピアを構えて姿勢と呼吸を整えて待ち受ける。

 すると現れたのは黒いオーガ……恐らく変異種だ。


 俺を視認すると相好を醜く崩す。

 浴びせられる感情は愉悦と闘争本能、まるで興奮した獣の様だ。


 黒光りする全身はハイオークよりも更に高密度の筋肉の塊だ。

 徒手空拳だが何かの拳法の様な構え……開いた指先には鋭い爪が生えている。


 しばし視線が交錯するが我慢しきれずに黒いオーガが飛び掛かってくる……速い!

 害意の感情が先走るが追随する攻撃が来る迄のが異常に短い。


 脱力の歩法を使って躱してもギリギリだ。

 少しでも槍先で牽制して勢いを殺さねば。


 相手の移動先に穂先をが見事な反応で躱され距離を取られる。

 刹那、振り上げた爪に沿って


 スキルだ。


 大きく躱すと走り抜けた斬線が背後の木立に爪痕を刻みつける。

 どうやら獣並みの身体能力に加えてスキルを使いこなす技術まで持ち合わせている様だ。


 彼我の戦闘能力差は絶望的。

 だが俺は俺の出来る事をやらせて貰うだけだ。


 周囲に展開させた霞に複数の呪術を乗せる……

 時に変化させ、時に並行して、少しでも鬼の集中力を削ぐ。


 受けを主体とした槍は穂先を相手の動く先に回り込ませる。

 それでも抜けて来る厳しい一撃を往なすが、爪と絡んだ穂先はと冗談みたいな音を立てる。


 霞に乗せた呪術も軒並み抵抗レジストされている。

 抵抗レジストする度に鬱陶しそうな表情を見せてるから全くの無駄ではない……


 とは言え、決定打には程遠いのもまた事実。

 展開する闇に朧も混ぜて視界を制限させる。


 闇に濃淡を付ける事でも集中力を削ぐ魂胆だ。

 ついでに俺の顔にも朧を纏わせ表情を読ませない。


 本当だったらとっくに逃げ出したいが、そうも言ってられない。

 仮に手持ちの遁術に頼るにしても正対せいたいし過ぎている……つまり逃げるには機を逸してしまってる感が否めない。



 逃げられない戦いが、其処にあった。



 

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