第45話 呪術師と増える手札


 チーズ工房のある村でフェタ婆さんと再会した。


 驚くべき事に彼女も菌術使いだった。

 それも錬金術から辿り着いた錬術らしい。


 見た感じ非常に理詰めでシステマティックなものだった。

 直接的な干渉ではなく環境を整えて菌達を活性化させる手法は、安定した大量生産に向いている印象だ。


 気が向いた時でいいからチーズ工房にも顔を出して欲しいとも言われた。

 言われなくとも定期的に買い付けに行くけどね。



 そして待望の味噌と醤油も完成した。

 “環境を整える”錬菌術的アプローチを参考にさせてもらった。


 お陰様で安定した品質で作る事が可能になった。

 闇の世界で壺単位で保管してる俺に隙は無いだろう。

 

 味噌も醤油も万能調味料だ。

 一説によると醤油が優秀過ぎて和食ではソースが発展する余地が無かった、とも言われている。


 そんな味噌と醤油の作り方は非常に似通っている。

 両方とも大豆から作られるし、なんなら味噌の製作過程に於いて醤油も作られる。


 その醤油は味噌に旨味として混ぜ込んでしまうので醤油単体は別に作った方が良いのだ。

 コレ、豆知識な。


 味噌・醤油は保存食作りにも大活躍する、味噌は単純に肉や魚をそのまま漬け込んでしまっても最強で最高だ。

 醤油は干し肉作りの仕込み段階で肉を漬け込む事で飛躍的に美味しくなる。

 

 そして禁断の発酵食品✕発酵食品、“チーズの味噌漬け”にも手を出してしまった……

 合法ですよ?


 発酵と醸造は、食文化の一つの極みと言って過言では無い。

 次はぬか漬けを研究しよう、そうしよう♪



 ――――――――



 充実した食生活は充実した肉体と精神を形成するのに大きく貢献する。

 つまり肉体と精神を鍛える下地が充実したとも言えよう。


 ならば修行だ。


 修行の地として選んだのは魔の森深層。

 深層と言っても深層の入り口だ。


 今迄は霞と朧をブレンドして視覚的に誤魔化していたが、このたびその技術が一つ深みに達した。

 ヒントは魂の魔導書だ。


 闇の呪術書を喰らい、そしてメモを不要物として吐き出した。

 つまり喰らったモノは吐き出せるのだ。


 纏った闇は光を喰らい、俺の姿を象として映す以外の光を吐き出させる。

 正面から見ると俺の背後の景色を不鮮明ながら映し出す……前世の記憶にあるインビジブルシールドの再現だ。


 更に闇は気配を、音を、匂いを、熱を喰らい……ほぼ完璧な隠密術の完成だ。


 試しにアーマードボアに近づいてみたが全く気付かれなかった。

 勿論、不用意に近づいた訳では無く万全の準備をした上でだ。


 これで足跡などの痕跡を残さない移動法を身につければ本職顔負けの隠密性を誇るかも知れない。

 呪術、恐るべし。


 ちなみに万全の準備の内の一つは煙玉だ。

 中には乾燥させた辛味茸の粉末がタップリと詰まっている。


 投槍器ウーメラで使えるサイズの特注品なのだが効果は覿面てきめんだ。

 命中しなくても粉末が周囲に舞うだけで脱兎の如く逃げて行く……むしろ命中させたら暴走するまであるかも知れない、気を付けよう。


 材料となる辛味茸はマッシュの部屋マッシュ・ルームで自家栽培してるので懐にも優しいのだ。

 呪術万能説、あると思います!


 それにしても、一度は絶望的な脅威だった相手を容易く撃退出来てしまった。

 それを可能にする知恵と経験こそが人類の一番の武器と言えるだろう。


 他にも鈎縄による樹上への緊急回避等、スミス製忍具の充実により逃走手段は事欠かない。

 そもそも火遁とか水遁とかの忍術は、とん術と言って“逃げる為、生き延びる為の術”なのだ。



 そうして少しずつ深層も彷徨うろつける様になった。

 深層は希少植物が生息しており、いよいよ名実共に植物プラントハンターと言えるだろう。


 例えば深層で夜中の散歩中に見つけた“満月茸”なるキノコがある。

 こいつは満月の光を浴びて成長し、一晩で溶けて無くなってしまう。


 特殊な薬の原料となるのだが、魔の森深層で更に夜間採取と言うハードルの高さ故に高額取引きされている。

 ここだけの話なんだが胞子を確保してあるからマッシュに手伝ってもらえば満月の夜に自家栽培できてしまうんだ。


 依頼があれば納品するかな?って感じだ。

 高額な希少植物なんて下手に持ち込むとトラブルの元になりかねんからなぁ。



 まぁ、それだけの話。



 

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