第44話 ヤスの命拾い


 それは流星の様な出会いだった。


 誰よりも速く森を走り抜けられる、そう思ってた足が鉛のように重たい。

 魔力による身体強化が切れたが回ってきたのだ。


 街まで、あと少し……通い慣れた森だから分かるが、その“あと少し”が絶望的に遠く感じる。

 通い慣れた筈の森が、見知らぬ牙を剥いてきたのだ。


 肌の色が違うオークは中層に現れると言われてる。

 中でも灰色はヤバい……見るからに筋肉の付き方が違う。


 元々オークは2メートルを超える巨漢で、その体格の利を活かして押し潰す様に襲ってくる。

 ビビッたらヤられるが、単純な力押しはなせば逆に美味しく狩れるだ。


 しかし灰色は力がある上に速い。

 ただのオークから贅肉を取り去って、もう一回り馬力を上乗せしたようなものだ。


 筋肉の鎧を纏った灰色の肌は、スキルを乗せない攻撃なら余程上手く当てないと弾かれる。

 スキルを使っても生半可な攻撃はダメージらしいダメージなんか通りはしない。


 浅層での安全マージンは取っていた。

 そろそろ帰ろうかと言うタイミングで現れた奴らは正に悪夢だった。


 一緒にいたパーティーメンバーの誰の攻撃も通用しなかった。

 魔力も体力も十分にあって1体に集中すれば手傷を負わせるくらいは出来たのかも知れない。


 とてもじゃないが敵わないと察して散り散りになったのはいい。

 出遅れた自分の間抜けさは足の速さで取り戻せば良い。


 それが間違いだったらしい。

 出遅れた上に追いがいのある獲物と目を付けられた。


 見た目通りタフな連中はペースを落とさず追いかけて来る。

 それだけじゃない、魔力が切れた俺に合わせてペースを来ている。


 多分、逃げ切れない。

 情けなくとも助けを叫ぶ、それが追跡者を喜ばせる行為だとしてもだ。


 藁を掴む思いで街とへ抜ける獣道に出る。

 街に辿り着く手前こそが、追跡者達が想定している屠殺場に違いないと分かっていてもだ。


 挫ける心が足を縺れさせた。

 諦めぬ心が助けを叫ばせた。



 そこにアニキが居た。



 その時は本当に死んだと思った。

 目に映る断罪者に俺が射られるかと思った。


 その時になって初めて街へ魔物を導いてしまった愚に気付いた。

 呼吸が、思考が止まった。


 放たれた一矢は本当に流星の様に感じた。

 目にも留まらぬ飛来物は、俺ではなく背後まで迫っていた魔物を射貫いていた。


 二の矢もアッサリと次の標的を仕留め、どこからか槍を取り出すと最後の1体を容易く屠る……一撃、これも流星の様な一撃だ。


 嘘だろ?スキルを使った様にも見えないのに一撃で仕留めた?

 あの硬い皮膚を?強靭な筋肉の塊を?


 綺麗な姿勢のまま手に持つ槍に視線を落とすのは“残心”と言われる所作なのだろうか。

 恐る恐る声を掛けるも面倒臭そうに獲物はいらないと言い放たれた。


 そうじゃないッスよ!……確かに獲物の横取りとか面倒臭い言い掛かりをする冒険者は居る。

 だが普通の神経をした冒険者は命を助けられりゃ獲物は勿論、謝礼として何らかを差し出すものだ。


 それをまるで道に落ちていた小石を道端に退かした程度の物言いで何処吹く風だ。

 あげく魔物の気配はもう無いから安全に剥ぎ取れるとか言ってくれてる。


 刺さっていた矢を抜いて調子を見ながら

「折角生き延びたんだから美味い物でも食いたいだろ?」

 とか言って相手にしてくれない。


 ならばと剥ぎ取りだけでも俺がやって山分けを、と考えてたら既に姿を眩ませていた……

 あんな風に気配を消せるなら俺に構わずにやり過ごす事も出来たって事だよな。



 ギルドに戻って浅層にハイオークが出た事を報告した。

 組んでた仲間達も無事に逃げおおせた様だ。


 問題は恩人だ。

 弓と槍を使いこなす熟練者なんて俺は聞いたことが無い、新しく流れ着いた上級冒険者かと思い問い合わせるも該当者は居ない。


 風の噂で狩人ハンターギルドで久々に狩人ハンターを受け入れたって話は耳にしていた。

 正直、狩人ハンターギルドって存在は俺たち新参者には謎が多い。


 先日も狩人ハンターギルドの怖い爺さんがやって来て、半端ないを飛ばして説教していった。

 おまけに突っかかってった荒くれを杖の一撃で無力化していた。


 なんか良く分かんねぇけど、頭の固そうなおっかない組織……そんなイメージしか無い。

 それに街で長い冒険者達は揃って多くを語ろうとしない、明らかに腫れ物扱いだ。


 それでも仁義は切っておきたい。

 狩人ハンターギルドへ行くと例のおっかない爺さんが受付けしてた……偉い人じゃないのかよ。


 恐る恐る話を聞くと、深層の大猪を一撃で屠った腕利きらしい。

 あの時もそうだった、弓でも槍でも一撃……正に“一撃ザ・ブロウ”だ。


 待たせてもらうも手持ち無沙汰で落ち着かない。

 そんな中で記憶に新しい風切音が聞こえる。


 隣が試射場になってるらしく断って見学させてもらう事にした。

 落ち着いて見させてもらうが、弓ってのはこんなにも美しいものなのか。


 冒険者にも弓使いは居るには居る。

 だが揃って短弓使いで速射・連射を重視していて、見てるとせわしないのだ。


 見惚れていたら声が掛かった。

 覚えている、アニキの声だ。


 

 何とか食い下がって一杯奢ることを取り付けた。

 その後は嬉しくてハシャギ過ぎて最後の方は良く覚えてないんだけどな。



 そして次の日は灼熱の地獄を見たよ……



 

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