第43話 呪術師と錬金術師


 目力の強い年季の入った御婦人目つきの悪い婆さんと再会した。


 多少苦手意識があるとは言え、相手に非がある訳でもない。

 最低限の礼は人として尽くすべきだろう。


「え〜と、二度目まして?」


 確か、この婆さんは錬金ギルドの重鎮だった筈。


「スミスのトコに入り浸ってた坊やだね、覚えてるよ」


 どうやら俺なんかは坊や扱いらしい。


「流れの狩人ハンターをしておりますリオンと申します」


狩人ハンター、ねぇ……あたしゃ錬金術師のフェタだよ」


 その品定めの様な目つきは些か御遠慮願いたい。


「私は本日、チーズ作りの見学に参りまして……フェタさんは?」


「この村はあたしの故郷でね、時々手伝いに来てるのさ」


「フェタはチーズ作りの名人でな、フェタが手を入れると質が良くなるんで手伝いを頼んでるんだよ」


 案内してくれた爺さんが補足してくれた。

 美味いチーズに貢献してるのなら敬意を払わない訳にはいかない。


「フン……あたしゃ環境作りをしてるだけさ。アンタ達も、もっとチーズに耳を傾けりゃあたしの出番なんか無い筈なんだけどね」


「ハハ、相変わらず手厳しいのぅ。これでも手を抜いてるつもりは無いんじゃがの」


「誰も手を抜いてるだなんて言ってないさ。ただ“あと少し”、“もう少し”の積み重ねが足りないのさ。売れる値段に合わせた品質で満足してりゃそこ止まり。錬金ギルドウチの若い連中と同じさね」


「値に合わせた仕事は悪い事では無いとは思うがの」


「良し悪しの話じゃないさ、そこで妥協してると“あと少し”で救えた命も“もう少し”で出会えた笑顔も諦める事になるのさ。その時になって歯噛みする選択肢しか無くなるのが口惜しいとは思わないのかい?それに現状維持を目標にしてると確実に腕は落ちるものさ、子供の頃に覚えた味より劣った物を孫達に食べさせるつもりかい?常日頃とは言わないよ、たまにゃ採算度外視の仕事をしてもバチは当たらないって言ってんだよ!」


「耳が痛いのぅ……フンドシを締め直す時期なのかもしれんの。お客人、儂はちょいと席を外すけどフェタに聞けば見ての通り色々説明しますんで」


 そう言うと爺さんは俺と御婦人婆さんを残して出ていってしまった。

 ちょっと気まずいナー。


「……良けりゃアンタも手を貸してくれないかい?殿」


 ありゃ、バレテーラ?何故に?


「安心おし、そこいらで吹聴する気はないさ」


「どうしてお気づきで?」


「フン、菌術は何も呪術だけの専売特許って訳じゃ無いって事さ。アンタは相当上位の菌に愛されてるようだね。見るモンが見れば直ぐに分かるよ」


 その強いジト目は呪眼的なナニカですか?


「どんな魔術も奇跡も現実を変えたいって思いが原動力さ、だけど最近じゃ“変えたい現実”に真摯に向き合う者なんざトンと減ったね。現実に真摯に向き合えば世界に存在する不思議な存在……菌の存在に辿り着くものさ、簡単じゃないのは確かだけどね。確立された魔術の結果にばかり囚われる者ばかりさ」


 一頻り不満を漏らすと、俺に向ける視線とは打って変わってチーズが保管されてる棚を慈しむ目で見つめる。

 なるほど、チーズ棚では菌達が均一にそして気持ち良さげに活動している……錬金術的に“整えられた環境”と言う事なのだろう。


「もっとも如何な錬金術でも、物質変換にばかり囚われてる錬金馬鹿には無理な話だけどね。毎日の薬草いじりで薬効を探り続けると、錬金術の道も菌術に辿り着くのさ」


「……錬術、ですか」


「そうさね、但しアンタら呪術師とは全然別のアプローチさ。理に適った環境を整えて菌の働きに任せる……“あと少し”を積み重ねて漸く辿り着く境地さ」


 話しながらチーズ棚を愛おしげに撫ぜる。


「どうだい、アンタの菌術……呪術系菌術とやらでこのコ達を祝福してやってくれないかい?」


 部外者が手を出していいのかな?……いいんだろうな。

 もっとも俺が出来る事は“美味しくな〜れ”と念じながら魔力を注ぐ事だけ、お安い御用だ。


 注がれた魔力に反応して菌達が活性化する。

 急激な活性化は劣化にも繋がりかねないので途中から子守唄の様に穏やかな魔力に編み直す。


 スムーズな切り替えは最近の修行の賜物だ。 


「やっぱり少しだけ癪だね。そんな子供のオマジナイみたいな手法で菌術の奥義に辿り着いちまうんだから……いや、単純に菌に愛されてるのが妬けるだけか」



 抱いていた孫が腕から抜け出して新しい玩具に飛びつくのを少し寂しげに、だが微笑ましげに眺める様な……そんな感情が呪眼に映った。



 

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