第42話 呪術師とスランプ
どうにも最近、調子が良くない。
呪眼で自己診断する限り、肉体的損傷は完治してる筈なのだ。
謂れのない
弓を引いても槍を扱っても違和感がある。
違和感と言うか「こんなに下手糞だったか?」と言う感覚だ。
もっとちゃんと出来てたと思ってたのだが、今迄気付けなかっただけなのかアラが目立つ。
それなのに今迄出来なかった事も出来る様になってるから不思議だ。
特に槍の指南書に書いてあった突き方がシックリ来るようになってきた。
基礎知識として指南書の流派では相手と自分の間に
そして槍は基本的に半身に立ち相手に向けて構えるので、自分の前後に渡って
そして以下の様に記される。
“陰陽に構えたる前足の力を抜かば身体は前に倒るる、これを抜き足とする”
“抜き足にて倒るる身体を前足で半歩先にて支える、これを刺し足とする”
“抜き足、刺し足の呼吸こそ脱力した最速の突きの呼吸である”
“残った後ろ足を引き付け陰陽の構えに戻すを送り足とする”
“送り足を悟らせず構えを整えるを忍び足とする”
“抜き足”と“刺し足”は古武術の瞬歩と呼ばれる歩法の応用の様だ。
そして“送り足”は常に次の突きに備える動きを説いている。
最後に“送り足”の動きを悟らせない“忍び足”こそが奥義の様に記されている。
だが難解な事に、どうすれば悟らせない事が可能なのかは書いてないのだ。
正直“抜き足”“刺し足”までは意識すれば出来る。
そして基本である槍の引き戻しを意識すると“送り足”が自然に揃う。
これが出来ると気持ちが良い。
何度でも繰り返したくなる。
しかし、その“送り足”を如何に“忍び足”にするかを意識しだすと槍の引き戻しが微妙に乱れる。
一つの動作の拍子が乱れると動きのアラとして気になりだす、気になりだすと全体の拍子も乱れ出す悪循環だ。
これはもう“忍び足”の事は一旦忘れて基本に立ち返ろう。
指南書にも心得として、こう記してある。
“素早く引かば素早く突ける、素早く突かば薙ぎが生き、薙ぎが生きれば突きが通る”
詰まるところ、槍とはやはり突きが基本であるのだろう。
シンプルに突きを突き詰めれば無限の変化の起点になるのだ。
――――――――
考えるのは大切な事だが考えすぎても宜しく無い。
と言う訳で気分転換にフロンテアに程近い、とある村にやって来た。
この村はチーズが特産品であり、発酵食品であるチーズ作りにおける菌の働きを学び菌術に活かそうと言う腹づもりだ。
決して街で食べたチーズが美味すぎて興味を惹かれた訳では無い、断じて無い。
個人的な買い付けにしては購入量が多かった為か、好意的な対応をしてもらえた。
こちらだって美味しい物を作る人には自然と尊敬の念を抱く、非常に友好的な雰囲気のまま商談は完了した。
お目当てはトロットロのフレッシュチーズで、パッと見は普通のチーズなのにナイフを入れると固形化しきれてない部分がハンバーグの肉汁の様に溢れ出すシロモノだ。
塩加減も絶妙で、溶けかけたバターの様にパンに塗ると最高に最強だ。
それ以外にも勧められるがままに試食したハードタイプも絶品だ。
そのままツマミでイケるヤツ、熱で溶かしてイケるヤツ、削って食品にかけてイケるヤツ、バリエーションも豊かでついつい買い込んでしまう。
チーズも種類によって旬があるので時季を見て又訪れたい事を伝えた。
すると、そんなに気に入って貰えたのならチーズ作りの現場を見学するかと言われたのでホイホイ付いていく。
そこには見たことのある御仁が居た。
意志の強さを感じさせる眼差しにピンと伸びた背筋、滑らかに動く指先は精密な施術を可能にするだろう。
そう、いつかのスミスの店で遭遇した
運命の再会は果たされたのであった。
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