第41話 呪術師と噂話


 助けた冒険者ギルドの若造ヤスに一杯奢らせる事にした。


 それほど高くも無いが安過ぎもしない居酒屋。

 ヤスが選んだのはそんな店だった。


 特徴を挙げるならピリ辛料理が売りで、更に香辛料スパイスが入った小さな壺が付いてくる。

 お好みで、ご自由に追加して下さいって事だ。


 ピリ辛で酒が進んで量を飲ませる戦略なのだろう。

 それに辛さの限界に挑戦なんて度胸試しおあそびは、如何にも若者好みだ。


 タカる気も無いけど遠慮なくゴチソウになるかな。

 そう言や臨時収入でハイオーク3体分の魔石があったんだろうから若者の懐もそうは痛むまい。


「いやぁ!一撃ザ・ブロウのアニキと飲めるなんて光栄でありやす!」


 いい飲みっぷりでジョッキを呷る若者が良く分からない事をのたまう。


「……サブロウって何だ?」


「サブロウじゃないッスよ!ザ・ブロウ、一撃って意味ッスよ!」


「……で、それが誰だって?」


「イヤだなぁ!アニキの事ッスよ!流星の様に現れた謎の腕利き、狙った獲物は逃さない。そして一撃のもとに葬る手腕はまさに“一撃ザ・ブロウ”の二つ名に恥じない……いやぁ!シビレやすよ!」


 恥じないどころか恥ずかしくてシビレそうですよ。


「……それ、誰が言ってるんだ?」


「元々噂にはなってたんでやすよ、フロンテアに流れ着いた手練れの狩人ハンターがいるって。持ち込む獲物は全てが一撃必殺、俺を助けてくだすった時も鮮やかに一撃で仕留めてやしたよねぇ!」


 噂って何だよ。

 友達に噂されるから一緒に帰らないって言われるレベルのモブを自認してる俺には余りにも重たいごうだ。


「しかも最近じゃあ深層の大猪まで一撃で仕留めたとか……ギルドじゃあ眉唾だって言われてましたけど、聞けば正真正銘モノホンの事実だって言うじゃないですか!」


 中途半端に本当の事が混ざってるから始末が悪い。


「あのな、一撃で仕留めたんじゃなくて一撃しか通らなかったんだよ」


 どうやら理解できずにキョトン顔の若造。


「あんな針金みたいな毛皮にマトモな攻撃が通るとでも思うのか?崖から滝壺に一緒に落ちた勢いで偶然刺さっただけの話だ。お陰で死にかけてな、生き残ったのが不思議なくらいさ。その無責任な噂話で俺に指名依頼でも入ってみろ、いい迷惑だからそんな与太話は広めてくれるな」


 お願いだから本人非公認の二つ名とか武勇伝とか止めて下さい。


「けどハイオークを一撃で仕留めたのは本当じゃないですか、それも3匹も!」


 どうにも俺を晒し上げたい様だな。


「あんなのは熟練の狩人ハンターなら誰でも出来る。試射場で見ただろ?連中は100メートル先の的を鼻歌まじりで射抜くんだ。ハイオークの急所なんか外しやしないさ。俺なんかは下から数えた方が早いくらいの腕だから接近を許して槍も使うのさ」


 もちろん狩人ハンターだからと言って全員が全員弓使いと言う訳でもない、少ないが罠専門や投網を得手としてる者もいる。

 だが今は何でもいいから俺から注目の矛先を逸したい。


「その槍だってアニキは一撃だったじゃないですか。誤魔化されないでやすよ?」


 OH!なんてこったい!

 コイツの中で俺は神格化でもされてんのか?


「槍ってのはな、切り結ぶ間合いの外から突けるんだから有利なの。真っ直ぐ斬り掛かってくるオーク程度なら穂先を置いとけば勝手に刺さりに来てくれるもんなの」


 どうせ槍なんか使わないだろうから適当にフカしておく。


「それに俺は変に目立ちたくないの。頼むから変な噂を焚き付けないでくれ」


 そう、俺はちょっとだけシャレオツな極々一般的シティボーイに過ぎないのだ。


「なるほど!人知れず活躍する影の実力者ってヤツでやすね!それはそれでカッコイイでやす!」


 ……もう、それでいいからお口チャックしてくんないかな?

 何に感銘を受けたのか瞑目して頷いてるヤスの皿に真っ赤な香辛料スパイスを一匙二匙と盛る。


 元々赤いスープなので目立たない。

 乾燥した辛味茸を粉末にした香辛料スパイスは唐辛子系の辛味で中々に強烈だ。

 

 そしてヤスには軽めの痛み止めペインキラーを掛けておく。

 辛味ってのは味覚では無く痛覚で感じるので過剰摂取しても、これで気づかれることも無い。


 そして唐辛子系の辛味の過剰摂取は翌日のお通じに響く……

 それはもう烈火の如く、だ。


 口は災いの元なのだよ。

 さて、俺は七十五日ほど大人しくしてますかね。


 

 後日、ギルドで“滝壺落とし”とか呼ばれて崩れ落ちたのは又、別のお話。



 

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