第36話 呪術師と墓標
明滅する意識が少しずつ覚醒していく。
まるで酷い二日酔いの様に吐き気と頭痛、そして耳鳴りもする。
もう少し寝ていたいのに体が妙に冷たい。
寝返りを打ちたいが寝床がゴツゴツと硬く痛い。
……そもそもここは何処なんだ?
周囲を把握しようと目を開けると眩しさで急激に意識が覚醒する。
同時に全身に痛みが襲ってくる。
特に左足と左手がずくずくと鈍い痛みを訴えてくる。
上体を起こして確認しようと力を込めると脇腹に激痛が走る。
しばらく動かないでいると少しずつ痛みが引いていくが、何かの拍子に忘れてくれるなと言わんばかりにズキリと主張してくる。
痛みから反射的に顔を背けると視界の隅に墓標が見える。
未だ霞む目には微妙にくの字に曲がった十字架の様に映る。
それにしても体が、と言うより背中が冷たい。
冷水に半分浸ってる様な感覚だ。
酷い耳鳴りの向こうから水が流れる音がする。
せせらぎ?……川?……川!?
巨大猪との紐無しバンジーを無理矢理タンデムした記憶と意識が繋がり咄嗟に起き上がろうとするも痛みに押さえつけられ悶える。
荒い呼吸さえ脇腹が不満を痛みとして訴えてくるので必死に細い呼吸で痛みを逃がす。
ここに来て漸く意識が完全に覚醒した。
少し離れた所で突貫槍が刺さった猪の巨躯が川に半分沈んでいる。
歪んでしまった槍が先程見えた墓標だ。
直ぐ側には心配そうに俺の様子を伺ってるマッシュ。
軽く魔力を流してやり大丈夫だと伝えてやる。
俺はと言えば左足が曲がっちゃいけない方向に曲がっている。
左手も指が半分言う事をきかないし痛かった脇腹も左側、つまり左半身が全体的にイカれている。
どうやら浅瀬をベッドにしていた様で随分と体温が奪われている。
ストライキを主張する身体をどうにか騙し騙し川面から引き上げる。
闇の世界から薪を取り出し魔道具で着火して焚き火を起こす。
揺らめく炎を眺めると少しだけ落ち着いた。
左手のグローブを外すと小指と薬指が明後日の方向を向いている。
呪眼で視ると折れてはいない、関節が外れてる様だ。
意を決してハメ直す、周辺の腱とかが損傷してるがしょうがない。
脇腹は……折れてはいないが何箇所もヒビが入ってる。
他にも打撲、擦過傷なんかは全身無数にある。
活性化による不自然な自然治癒に任せよう。
さて問題は左足さんだ。
チャップスを外して患部周辺のズボンを切り開く。
内出血と炎症でパンパンに膨れ上がって、まるで象さんの足だ。
それでも冷たい川の水で冷やされてたので幾分マシなんだろう。
呪眼で透視して自己診断する。
膝の関節が外れてる上に骨の一部が砕けている。
取り敢えず見た目にも精神的にも宜しく無いので、変な角度で曲がっているのを真っ直ぐに伸ばす。
損傷が拡がらないように注意しながらだ。
まずは腫れを抑えたい、毛細血管や筋繊維が修復する様に魔力を通す。
……すぐには治らないんだよなぁ。
出来る範囲で闇の手で砕けた骨を一つずつ集めて正しい位置に固定する。
ちょっとしたパズルだ。
気長な治療が要される。
食料も飲料も在庫があるし薪も残ってる、長期戦を覚悟しよう。
森の捕食者を呼び寄せる猪の血の匂いは川に流されてるのが不幸中の幸いなんだろうな。
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