第35話 呪術師と死闘


 スポーンエリアからの帰り道、計らずも食生活の更なるビクトリーロードが確定してしまった。


 だがしかし浮かれてばかりもいられない。

 魔の森の様子がおかしいのだ。


 単純に魔物の気配が強いのは変わらないのだが、緊張感や警戒心が異常に強い。

 こちらもいつも以上に警戒して進む事にしよう。


 街へのルートは川沿いに下るが、常に川沿いに進める訳では無い。

 峡谷になっていたり滝になっていたりで地形に合わせて迂回する場所は普通にある。


 先には滝があり崖となっている開けた場所で変わった気配を感じた。

 興奮した野生動物の様でもあり、魔物の様な無差別な攻撃性を孕んでいる様でもある。


 ……手負いの獣だろうか、間の悪い事だ。

 身を隠す場所が無いので闇を纏い、気配を溶かす。


 

 迂回路から出て来たのは巨体の猪だった。

 アーマードボアと呼ばれる変異種だ。


 そして厄介なのがアーマードボアは通常、魔の森深層に棲息しているのだ。

 深層の魔物と渡り合い、そして生き残る程の高い戦闘力は折り紙付きだ。


 針金の様な体毛で覆われた巨体は生半可な攻撃は全て無効化し、冗談みたいに鋭い牙は金属製の鎧ですら容易く貫くだろう。

 深層の捕食者と言われても納得ものだ。


 そんな危険な生命体が……嘘だろ!?突然加速して突っ込んできやがった!

 避けきれないっ……槍を突き立てるが体毛に刺さらずに滑る。


 槍が滑る方向に体を逃がし、そのまま衝撃を逃がす様に身を丸める。

 何とか芯を外し掠っただけに留めたにもかかわらず、蹴られた鞠の様に弾き飛ばされる。


 何回かバウンドして地面を更に転がり、勢いが弱まったところで無理矢理立ち上がる。

 片鎌槍はどっかに飛んでいって行方不明だ。

 

 そんな経験は無いが、例えるならトラックに撥ねられたかの様な衝撃だ。

 ……もしかしたら転生した時に撥ねられてたかも知れない、当然記憶には無いがそんなベタな考えに囚われる。


 人を撥ねた当の犯人……犯猪は不思議そうにキョトンとした顔をしていたが、俺の存在を確認すると瞳に凶暴な光を宿す。

 そして明らかに……嘲笑わらってやがる!


 突っ込んできた時に視えた感情は食欲……コイツらは異常に鼻が利く、キノコの匂いでも嗅ぎつけたのだろうか。

 そしてその感情は殺意へと変わり……チクショウ!最悪な事に食欲も残ってやがる!


 喰われてたまるかと闇術を展開する。

 煙幕よろしく闇の残滓を朧でバラ撒き視界を封じる。


 しかし匂いを頼りに高い防御力に任せて突っ込んでくる。

 当てずっぽうの突撃を辛うじて躱し、追う闇を連続して放つ。


 鈍化スロー痛みペインもレジストされてるかの様に意に介さない。

 投槍器ウーメラで鉄礫を飛ばすが有効打にはならない、鬱陶しそうな顔をするだけだ。


 魔法と投擲の弾幕も脅威にならないと察したのか一つ大きく威嚇の鳴き声を上げ前脚で地面を掻くのが闇を通して視える。

 意を決し闇の世界から取っておきの突貫槍を出し、十文字に生えた柄をしっかりと握り込み石突を地面に刺す。


 刹那、槍を通して身体の芯がブレる衝撃が襲いかかる。

 必死に槍を抱え込むも両足と石突でわだちを刻むのが分かる。


 どれくらい押し込まれただろうか、身体ごと弾き飛ばされそうだった槍からのプレッシャーが消えた。

 視線を上げると触れんばかりに猪の顔が視界を埋める、その首元には突貫槍の穂先が半ばまで埋まっている。



 やったか!?



 待って!今の無し!とフラグ取り消しの願いも虚しく猪の顔がと嘲笑う……嘲笑った様に見えた。

 分厚い脂肪と筋肉に防がれたのだろう、大きく首を振ると槍ごと俺は空の人となった。


 生憎と俺は空を飛んだ経験は無いがヤバい高さに飛ばされたのだけは分かる。

 スローモーションになる視界には落下地点と思しき地点に走り込む猪が映る。


 低い姿勢で走り込む獣は下顎から生えた牙で獲物をキャッチするつもりなのだろうか。

 だがそれは叶わない、その先は崖なのだ。


 本能で察したのか急ブレーキをかけるも前脚には半ばまで刃先が埋まったクピンガが刺さっている。

 弾幕の合間にタップリと痛み止めペインキラーを込めて放った大本命だ。


 痛みを感じさせない損傷した前脚は、掛けられた負荷に耐えきれずもつれてしまう。

 殺せなかった勢いのまま崖から紐無しバンジー待った無しだ。


 ざまあみろイピカイエーと叫びたいところだが生憎と俺も空の人だ。

 せめて道連れで痛み分けなら上等かもな、と今際の一句でもヒネろうかと妙な諦観の中で景色がゆっくりと巡る。


 巡る景色に何かが一添えされた、前転して腹を見せた獣が俺の落下先に割り込んできたのだ。

 そういや吹き飛ばした俺にトドメを刺さんと飛び出したんだっけか。


 落下しながら柔らかそうな腹に穂先を向ける。

 放物線を描いてたからなのか俺の方が勢いがあり思いの外深く突き刺さる。


 予想外の腹の感触に獣が藻掻くが残念ながら掴めるのは空気だけなんだよな。

 落下しながら槍にしがみつき十文字に足を掛けてしっかりと体重を乗せる。



 ダブルリングアウトでも、お前の命だけは土産に貰ってやるよ。



 

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