第32話 呪術師と老ファンガス
しばらく森に籠もる事にした。
森の環境に我が身を晒す事で緩みかけた緊張感を締め直し、生き物としての感覚を研ぎ澄ます。
そして、
な〜んて事は全く無い。
緊張感云々については思う事はあったけど、
結局のところ適切な緊張感ってのは自分で決められる事では無く、環境に合わせて最適化する事だって森に教えられた。
じゃあ何ゆえの森籠もりかと言うと塩花の補給である。
本当の花なら採れる時季があるのだろうけど、アレは便宜上“花”と呼んだだけで実際は排出された塩の結晶だ。
それでも植物の生態として時季的な生成物かも知れないけど、年中付けていてもおかしくは無い。
分の悪い賭けじゃあないと思うんだよね。
それに曲がりなりにも
スポーンした地域の生態系を見直してみるのも悪い事では無いだろう。
魔の森を川沿いに西へ遡る。
魔の森は北へ行くほど深くなる、西への
普段は中層最奥程度までしか潜らない、確か
一度フラフラと深層エリアまで足を伸ばした事もあったけど、あそこはヤバい。
ヤバい気配がビンビンのギンギンなのだ。
シティボーイを自認する俺は強いヤツを見てワクワクする様な性癖は持ち合わせていない、普通に生命の危機を覚えるだけだ。
俺には精々、色違いのオーク程度が丁度いいのさ。
そんな
簡易的な竈を囲う様に闇の残滓で覆う。
暗い闇は匂いを、煙を、光を喰らい秘匿する。
森の夜を生き延びる呪術的生存術の一つだ。
薪集めやら寝床周辺の探索やらで晩飯のおかずが一品増えたりするのは野営の楽しみの一つだ。
今夜は季節外れの
ベースキャンプに戻ると人間大……と言うには少し小さいキノコの化け物が居た。
手の平サイズだったマイコニドを1.2メートルくらいに大きくして萎びさせた様な
だが敵対的な感情は感じられない、むしろ友好的な……親愛の情すら感じさせる。
振り返った姿は魔物そのもの、なのにだ。
「なるほど、不思議な御仁なのだな……我等が若き苗床の君よ、御身に深き感謝の意を」
何らかの作法……それも恐ろしく古臭いと思われる礼法に
「えーと、どちら様で?」
「これは失礼、身共は老いたファンガス種……そうですな、イーエフと呼んで下され」
「はぁ、それで如何様なご要件で?」
「なに、只のご挨拶までの事……ただ御身には伝えておいた方がよい事も幾つかありましてな。老体に鞭打ち現世に顕現した次第であります」
「現世……ですか」
「ホッホッホ、我等菌類は限りなく不死に近い存在でしてな。おおよそ人の目に触れる同族は分体に過ぎませぬ。儂のように生きながらえ、生き飽いた者ですら眷属の遺伝子情報の中で眠りながら個体として存在し続けます」
「何らかの理由で貴方の様な存在が呼び起こされたとでも?」
「左様、我が眷属……子孫と言った方が分かりやすいですかな?そやつに我等菌類に最適な魔力を注いで頂いたお陰様で、遺伝子の片隅に眠っていた儂の様な存在まで活性化した次第で御座います」
「その物言いだと私が何かしでかしましたか?」
話を纏めるとスポーンした直後に拾ってた木の棒の中にマイコニドの宿ってた原木があったらしい。
闇の世界に放り込まれた原木は、満たされた俺の魔力を吸収して急成長したのだとか。
特に俺の闇属性特化な魔力はキノコとの相性は抜群で、更に菌術のスキルが伸びた為にマイコニドの中に眠っていた御先祖様まで呼び起こしてしまったそうだ。
この老ファンガスはマイコニドの爺さんと呼んで差し支えない、つまりはイーエフ爺さんって事だ。
ちなみにマイコニドが去る時に光の粒になって消えてたけど、あれは胞子になって俺の体内に定着する為だったらしい。
キノコ系特有の愛情表現らしく、今は俺の腸内に辿り着きフローラを統率してるらしい。
魔力による活性化も相まって超健康体に整えられてるんだとか、道理で風邪も引かなきゃ腹痛の一つも起こさない筈だ。
「苗床の君よ、御身は菌術に至った呪術師で御座います。そして我等に力を吹き込み、この老体すら目覚めさせました。それにより我が眷属は存在の格が上がり、より一層菌術の請願に応える事でしょう。御身が望めば世界は変わり、世界から望まれれば御身も又変わるでしょう。されど強き力を望めば揺り戻しもまた強く大きくなります。因果応報は世の常、
そう言うと身体の端から光の粒となって風に舞い始める。
「儂も長時間この姿をとりますと因果に及ぼしてしまいます故、これにて失礼します……」
光の粒は魔力を帯びた胞子なのだろう、ああやって世界を渡り静かに存在し続ける……確かに限りなく不死に近いわ。
しかし随分と大仰な物言いだったけど、つまりは菌術がパワーアップしたから使い方に注意しろって事かな?
安心してくれ、俺は高位呪術も使う気にならないチキン野郎だからな。
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