第23話 呪術師と身分証


 熊が息絶えた。

 

 俺の前に現れた時点で既に生命喰らいライフドレインで生命を受け入れられない程の深手だった。

 それでもギラギラと生命を燃やしてた瞳は何らかの算段があったのかも知れない。

 時として獣の眠りは死の手前から生命を吹き返させる。

 もしかしたら俺が分け与えたチンケな体力は余計な御世話だったのかも知れない。


 むくろを前に益体もない想いが過ぎる。

 森の捕食者達が血の匂いに誘われる前に退散しよう。

 

 俺にまとわりつく様々な感情が縁として定着する前に祓う、例えそれが感謝だったとしても未練や何かに変質してしまう恐れがあるからだ。

 ただ受け止めて、そっと返す。


 他生の縁なので熊には厄祓いを掛けておく、残りの連中には関わらない。

 良くない縁が漂ってるので念入りに祓って断ち切る。


 立ち去ろうとするが、どうにも心の置きどころが落ち着かない。

 しばし考えたが熊の亡骸なきがらは持って帰る事にした。

 これで闇の世界はいよいよ満杯だ。




 仮身分証を発行してもらい街に入る、相変わらず門の近くは剣呑な感情が渦巻いてるが出ていく人間に視線が集まっている。

 お尋ね者でも居るんだろうか?何にしろ御苦労なこった。


 狩人ハンターギルドに行くと相変わらずのおやっさんが受付だ。

 解体場に鹿と猪を出す。


「相変わらず綺麗に仕留めてるの……傷も綺麗だな。武器えものを新調したのかい?」


 おやっさんの方こそ相変わらず解体場に出張ってくる。


「ご明察。裏通りの“よろず屋スミス”って店で調達しました」


「ホッホッホッ、あの変わり者の店かい」


 手を止めずにサクサクと解体していく、流石のおやっさんだ。

 解体場の担当者も見逃すまいとガン見している。


「やはりご存知で?」


「気難しくクセは強いが性根は真っ直ぐな男だな。目利きも悪くないんだが、どうにも仕事に趣味色が強い。割り切ってれば今頃大店を構えてたかも知らん頑固者よ」


 見る見る内に解体が完了する。


「けど正直、あの品揃えには惹かれるものがありますよ」


 浪漫と実用の両立って素晴らしいと思います。


「お前さんも拗らせてるの」


 しゃしゃと笑いながら受付に戻ろうとするおやっさん。


「実はもう一頭いるんですよ」


 そう言って熊を並べる。


「……コイツは?」


「森の外れで拾いました。俺が仕留めた訳じゃないんで金はいりません……ただ供養してやれれば、と」


 嘘ではない、俺は仕留めてないし拾っただけだ。


「矢傷刀傷に火傷は……魔法かの?狩人ハンターの手口では無いのぉ。随分と不細工な狩り方じゃて、肉も大分傷んどろうが食ってやるのも供養だろうの」


 矢傷はともかく、獲物を傷める火を狩人ハンターは使わない。

 止め刺しには槍を使うが通常は戦闘には使わない。

 あくまでも弓矢、そして必要に応じて罠を使うのみだ。

 

 そもそも狩人ハンターは戦わない、獲物を見定めて綿密な準備を整えた上で仕留める。

 獲物との知恵比べという意味では戦いと呼べるかも知れないが決して相手の土俵で、肉弾戦で戦う事などしない。

 それが狩人ハンターなのだ。


「本来なら捨てるとこ無し、なんでしょうけどね」


 熊は肉や皮はおろか、通常は廃棄される様な内蔵部位にも需要があるのだ。


「ここまでの傷物は中々見ないな、これでは狩りではなく森荒らしだ。毛皮を取って冒険者ギルドにクレームを入れなければな」


 あの荒くれ者共は聞く耳を持つのだろうか……どうでもいいか。

 正直関わり合いたくない。

 

 おやっさんは受付に戻り何やら書類を確認しながら聞いてくる。


「さて、これで5回分の納品だが狩人ハンターとしてウチで登録してくかの?」


 どうやら一頭で一回分としてカウントしてくれるらしい。

 もちろん登録して晴れて無職脱却ですよ!


 ドックタグみたいな身分証が何だか誇らしい。

 

 一応フロンテア狩人ハンターギルドの紐付きになるからと規則の写しを貰った。

 早速今日にでも目を通しておこう……え?茶を出すからここで読んでけって?

 ハイハイ、お茶請けに干し肉出しますよ。

 

 そして今回は“腕を見る”と言う観点から美麗品と言う縛りがあったが、次回からは普通に狩ってきても良いと言われた。

 どんなに必要以上に綺麗に仕留めても鹿は鹿、猪は猪、そう付加価値が付くものではないからだ。

 

 それに多分、何かが薄っすらバレてるんだろう。

 確かに狩り方ではない自覚もある。

 報酬額は前回と同様に一頭十五万、そして熊の分も僅かながら出してもらえるそうだ。



 軍資金は整った。

 待ってろよ、よろず屋スミス!



 

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