第22話 呪術師と命のやりとり
対峙した熊に槍を構え視線を外さない。
手負いの獣は恐ろしいと言うが、コイツはそれだけじゃない。
発する感情が魔物のソレに近い程に人に対する害意が凄まじい。
ドロッとした感情は野生動物が通常持ち得ない恨みにまで変質している。
おまけに纏わりついてる想いは傲慢・愉悦・優越・嗜虐……おおよそ理由など無く他者を害する人間が放つ感情に強く晒されたのだろう。
よくよく見れば矢傷に火傷、切り傷、刺し傷と種類の違う真新しい損傷が痛々しい。
つまりはこの熊を遊び半分で追い詰めた連中がいるって事だ。
俺は刺激しない様に闇の腕を霞にして伸ばし、熊に触れる。
何かに気づいたのか野生の勘か、熊は一瞬ビクリと身体を震わすが視線を合わせた俺と同調するかの様にその場で動かない。
霞の手で触れた場所から静かに呪術を施す。
静かに流す魔力は、だが確実に呪術を発動させる。
残された時間は僅かだ、ギリギリまでスタミナを吸い出すと仕上げに
全身を縛っていた痛みから解放されたからか、熊はその場で静かにへたり込む。
野生動物は痛みに強いだけであって、決して鈍感な訳では無い。
ただ致命傷を受けても本能に従って生命を削りながら最期の一瞬まで活動を止めないだけなのだ。
それが最期の灯火であり、手負いの獣の恐ろしさなのだ。
へたり込んだ手負いの獣を前にして、身体の芯に魔力を通して活性化させる。
まだまだ気は抜けない。
そこに声が掛かる。
「コラコラ、獲物の横取りはイカンなぁ」
熊が逃げてきた藪から武器を持った男達が姿を現した。
「俺達が散々痛めつけて虫の息になったのを横から掻っ攫おうなんて冒険者の流儀も知らないのか?」
「これは教育が必要ですねぇ」
姿を現したのは三人、口々に勝手な事を
「ヘッタクソな攻撃で獲物は無駄な傷だらけ、挙げ句トドメも刺せずに逃げられたドシロウトが随分な大口を叩くじゃあないか」
囲まれない様に立ち位置を探りながら煽ると、杖持ちが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「んだと!テメェ殺すぞ!」
随分と貧困なボキャブラリーの持ち主らしい。
「フン!獲物を追い詰める狩りは高貴な者に許された遊戯なのです。下民には分からないでしょう」
こっちはナルシストか?ポーズをとりながら刺突剣をこっちに向けている。
どう見ても高貴の欠片も感じさせない下卑た笑顔が気持ち悪い。
「どの道、獲物泥棒の現行犯だ。お前がどう言い逃れしたって俺達が証言すれば終わりだよ、諦めな」
口髭を生やした片手剣持ちが、大物を気取りながら顎をさする。
それが合図だったのか、俺に針の様に刺さっていた害意の感情が膨れ上がる。
それに合わせて害意の射線から身を躱すと飛来した矢が通り抜けていった。
ああ、そうか。
コイツらは魔物と同じだ、攻撃に害意を乗せてくるのがソックリなんだ。
野生動物は本能のままに純粋に攻撃してくる。
魔物や人間は攻撃に色々と余計な感情を乗せすぎる……特にコイツらの下卑た感情は視るに堪えない。
気持ち悪い。
そもそも熊と対峙してる途中から四人組が様子を伺っていたのは呪眼でお見通しだ。
獲物を甚振り、逃がし、追いかけ、たまたま巻き込まれた相手が一人と見ればこれ幸いと因縁をつける……クズだな。
矢を躱した俺に身構える連中、だがこちらの始動が僅かに早い。
躱した一歩で踏み込んで隠し持ってた
飛来する
大物気取りの太腿にザックリと爪痕が走り、貧ボキャが顔を押さえて地面をのたうち回ってる……別の意味で顔が真っ赤だ。
正に窮鼠の一閃、手負いの獣はコレがあるから侮れない。
動きの枷にはならないが、それでも痛みから解放された四肢の動きには先程までは無かった伸びが感じられる。
俺が体力を分け与えたのだ、そうこなくっちゃな。
呪術を改編して俺の体力を喰らい、熊に喰らわせたのだ。
減った俺の体力は魔力による身体活性化で穴埋めさせてもらった。
俺を狙っていた二の矢の射線は、熊の復活に驚いて乱れた様だ。
その隙を突いて闇を纏う、霞と朧をブレンドした特別仕様だ。
気配を森に溶かし、回り込んで弓使いの背後を取る。
間合いを合わせて槍を振り下ろすと枝刃が弓使いの右肩を引き裂く。
引き戻した槍を下段に一突き、二突きして膝裏の腱を貫く。
何か叫んでいたが五月蝿いので顎を蹴り抜いて黙らせる。
簡単に両手を縛り、引き摺っていくとナルが熊と対峙していた。
おっかなびっくりの及び腰は、さぞ高貴な剣法なのだろう。
今度はしっかり狙って後頭部に石礫を喰らわせる、高貴な剣法へのおひねりだ。
すかさず熊はナルに伸し掛かり喉元を食い破る。
そうしながらも剣呑な獣の瞳は闖入者となった俺から外れない。
俺も視線を外さずに獣の前まで歩を進める、生贄を引き摺りながら……
生贄を献上すると刺激しない様に距離を取る、が気を使わぬとも獣の注意は専ら弓使いに向いていた。
弓使いの断末魔を聞きながら、地面を這って逃げようとしていた大物気取りの前方に距離を取ってしゃがみ込む。
「よお、アンタの獲物だぜ?」
血の気の抜けた顔は信じられないといった表情で俺を見つめる。
何かを言いかけていたが貧ボキャの断末魔が遮る。
濁ったガラス玉の様な瞳には絶望が浮かんでいる……自分の番が回ってきただけなのに大袈裟な野郎だ。
今まで散々他人にやらかしてきたんだろう、呪眼には恨みや憎しみといった感情の残滓がベットリと澱の様に纏わりついて映る。
厄祓いするとしたら結構な手間と時間が掛かるだろうな。
生き物以外を見る視線に何かを言いかけた大物気取りの
噛みついたまま熊は俺を見つめる。
少しずつ瞳から力が、命が消えていくのが伺える。
瞳に乗った感情は
俺は巻き込まれた分のツケを払わせただけの通りすがりだよ。
感謝なんかされる謂れは無い……感情が視えるのも考えものかもな。
そしてゴミを不味そうに吐き捨てた熊は、生き物から
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