姉に成りすまして湖の神様の花嫁の振りをしたけれど、どうやら私が本命でした?!~湖底の掃除を代わっただけの偽嫁巫女なのに、蛇神様の溺愛が止まりません!~
宇部 松清
第1章 嫁巫女と陸巫女
第1話 神様に選ばれた花嫁
「
村にある湖の神様の花嫁に選ばれ、嫁いでいったはずの双子の姉が、そんな言葉と共に家に戻って来た。
「無理ってどういうこと? ていうか、勝手にこっちに戻って来ちゃって大丈夫なの?」
ほんの数刻前まで姉の
「それは大丈夫よ。ちゃんと書置きを残しておいたもの」
「書置き、なんて?」
「忘れ物をしたから取りに行って来ますって」
「そんなのでホイホイ戻って来ちゃって良いんだ……?」
まばゆいばかりに美しい白無垢を纏ったまま、「無理なものは無理なのぉ」としくしく泣き出す。その恰好も、化粧も、何もかもが三日前と変わらない。さっきまで水の中にいたはずなのに、姉の身体はどこもかしこも濡れていなかった。
「だって、神様の花嫁よ? 一番きれいなところで、一番きれいな恰好をして、何不自由なく幸せに暮らせると思っていたのに。ありえないわよぉ。騙されたのよぉ」
「ちょっと落ち着いてよ、碧。話はちゃんと聞くから」
私達はこの『神鏡湖』を守る巫女の家に産まれた。
代々女児しか生まれず、他所から婿を取り続けて今日まで続いている家だ。だから本来は私達も年頃になれば親が決めたお婿さんを――、となるはずだったのだが。
まずそもそも私達が『双子』であったことが良くなかった。何せ前例がないのだ。巫女が産むのは、その生涯に女児一人のみ。だから私達の村では、巫女は『陸に一人』と決められている。その女児が巫女となれば、母親は引退する。これまでも、これからも、そうやってこの家は続くはずだった。
なのに、産まれてきたのは、二人。
ということは、どちらかは、『忌み子』だ。産まれて来てはならない子なのだ。
力強く泣く二人の赤子を見下ろして、母は半狂乱になりながら、では、片方を間引きます、と赤子の一人の首に手をかけた。その時、音もなく戸が開いて、この世のものとは思えないほどに美しい殿方が現れたのだという。彼は、不思議な力を使って二人の赤子を奪い、両手に抱き上げてこう言った。
「この赤子、片方は湖の神の花嫁とします。時期が来たら選別の儀を執り行う故、大切に育てられますよう」
そうして、再び私達を母に託して湖の中に消えたのだという。ちなみに、殺されそうになったのが私なのか姉なのかはわからない。何せ生まれたばかりで、まだ名前すら決まっていなかったのだ。
とにもかくにもそれで、私達はどちらかが間引かれることもなく、神様の花嫁候補として大切に育てられたというわけである。
はっきり言って、巫女といっても、ものすごい力を持っているわけでもないし、崇め奉られるわけでもない。崇められるのは神様がおられるという湖そのものであって私達ではないのだ。私達はあくまでも湖の管理をするのみ。村の誰かがこの家の巫女のことを『湖の掃除人』、『村の便利屋』なんて言って嘲笑しているのを聞いたこともある。
この家の先祖をたどると、王都の湖に住まう神様に捧げられるはずだった生贄の娘と、それを逃がした恋人がこの村に駆け落ちしたのが始まりだったようで、女しか生まれないのは、その神の怒りに触れたからだと言われている。幸いなことにこの村の神様は生贄を所望されないけれど、その代わりに巫女として湖のために生きるように、と。だからつまりは、脱走した――罪人の家系なのだ。私達はこの村に匿ってもらっている、という立場なのである。そりゃあ湖の管理やら御用聞きやらも進んでするというものだ。
けれど、神様の花嫁となれば話は別である。
この家の地位もぐっと上がるだろう。大人達はこの好機を逃すまいと躍起になった。
それで、その男性が言っていた『選別の儀』というのが執り行われたのが、私達が二歳になった時のこと。
事前告知も何もなく、彼は再び突然現れては「いまから選別の儀を執り行います」とたった一言だったのだとか。けれど当然、何の準備も出来ていない。それらしい恰好もさせていないし、酒の用意もない。そもそも、儀式と言われても、何をどうするのかだってわからないのである。とにかく、神様の使いの方に失礼がないようにと思うものの、何が失礼にあたるのかすらわからず困り果てていると、彼はまたしても私達を抱き上げて、スタスタと湖の方へ向かったのだという。
で。
「娘達をこの睡蓮の葉の上に乗せ、先に沈んだ方を花嫁とします」
そう言うなり、湖にぷかりと浮かぶ睡蓮の葉の上に私達を乗せたらしい。神様が湖の中から手を伸ばし、自身でお選びになるのだと。
結果は姉の碧が先に――ということはなかった。実は私達は同時に沈んだのだ。大人達の話では、確かにどちらかの葉は一人でに沈んだように見えたらしい。だけれども、その瞬間、もう一人が沈みかけた葉の方に移動しようとして体勢を大きく崩し、それで、どちらも沈むことになったのだとか。
二歳の子どもが湖に落ちたとなれば、普通であれば大人達が救助のために動くはずだ。けれども、誰一人として動かなかった。それよりも、「どちらが先に落ちたか」について議論を交わす始末。それで、ようやく「どちらにせよ、溺れ死ねば花嫁として差し出せない」ということに気が付いて、村で一番泳ぎが得意な者が湖に飛び込もうとした時だった。
湖の中から、透明な玉がとぷりと頭を出した。
何だ? と近付いてみると、中には目を瞑ってぐったりしている私と、キャッキャと笑う姉が入っていたのだという。その玉はコロコロと転がりながら陸地に上がり、音もなく弾けて消えてしまったらしいのだが、それを見た男性は、
「花嫁は決まりました。十八になったら迎えに来ますので、それまで大切に育てるように」
そう言ってまた消えたのだという。
が、ここで問題が起こった。
大人達は、その花嫁がどちらなのか、というのを聞いていないのである。尋ねようかとも思ったが、彼はもうどこにもおらず、湖に向かって叫んでみても応えはない。それにもしかしたら、聞き返すなんてこと自体が不敬に当たるのではないか。あのお方は『決まった』と言ったのだ。もしかしたら、二人の身体に、花嫁とわかる印でもあるのではなかろうか。
という結論に至り、私達の着物を脱がせてみると。
碧の腕に、手形のようなものがついていたのだという。それはうっすらと赤く、時間が経つにつれて消えてなくなってしまったが、まぎれもなく、神様がお選びになった際に付けられたもののように見えた。
そして私はというと、両脛の一部が青黒く変色し、さらに、大腿には、蛇のような痣が浮かび上がっていたのだという。これもいまとなってはだいぶ薄くなったけど。
大人達は言った。
神様の花嫁が、かような恐ろしき痣を持つ娘であるわけがない。
それから、機嫌よく笑う姉と対照的にぐったりと消耗している私は、「神聖なる湖から拒絶された」ようにも見えたらしい。そうなれば、疑う余地もない。
つまりは、神様の手形を持ち、恐ろしい痣もなく元気の良い方、碧こそが神様に選ばれた花嫁であろう、と。
それからというもの、姉の碧は神様の花嫁としてそれはそれは大切に、そして厳しく育てられた。妹の私はというと、陸の巫女として、幼い頃から湖の管理を手伝うこととなったのである。決して酷い扱いを受けたわけじゃない。姉の待遇が特別というだけなのだ。もしも私達が双子でなく、神様との婚姻話なんてものがなければ、姉だって私と同じ生活をしていたはずなのである。
そういうわけで、共に十八を向かえ、三日前に姉が嫁いで湖に潜った後も私の生活は変わらない。湖の周りの草を刈ってまとめ、落ちているゴミを拾い、祈りを捧げる。お飾りではあるけど小さな神殿もあるから、それの掃除も毎日しなくてはならない。それから村中を回って御用聞きをし、お手伝いをしたりするのだ。仕事の大半がそういった内容だし、『湖の掃除人』、『村の便利屋』なんて言葉もあながち間違いではない。
で、その三日前に嫁いだ姉が、しくしくと泣きながら戻って来た、というわけなのである。
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