バーサスレッサーパンダ7

「この写真はなんでしょうか?」


 石に描かれた紋様は私の手に描かれたレッサーパンダの刺青に近い感じがします。

 ここまでの流れでまったく関係のないものを出されるとは思いませんし、同じものということでしょうか。

 そして首を傾げる私に沢木さんは「これは封印石と呼ばれるものです」と説明してくれました。


「時折遺跡内で発掘されることがあるのですが、この中には召喚獣が封印されているんです。そして石から召喚獣を喚び出して倒すと主人として認められ、召喚することが可能となるのだそうですよ」

「本当にゲームみたいな話ですね。でも、あのレッサーパンダは石から出てきたわけではありませんでしたよ」


 巨大レッサーパンダは最初からあの場所にいましたし、封印石というものも私は目にしていません。


「そうですよね。問題はそこなんです」

「そこ?」

「はい。喚び出した人物が召喚獣を倒せなかった場合、喚び出された召喚獣は制御を離れてハグレになるそうです。そしてハグレとなった召喚獣は人や魔獣、魔力結晶などを食べて魔力供給を行い、供給が途切れて封印石に戻されるまで顕現し続けます」

「なるほど? つまりは吉川ゲートで誰かが召喚獣の主人になろうと喚び出して失敗し、逃げたところに私がたまたま遭遇したというわけですか?」


 そんな危険なことを初心者御用達のダンジョンで行ったのかと私は眉をひそめましたが、沢木さんは首を横に振りました。


「そこが問題でして、ここ最近の吉川ゲートの履歴を見ても召喚獣を入手可能な実力や財力を持った人物が入退場した記録はありません。吉川ゲートの水晶窟は長期滞在するようなダンジョンではありませんし、少なくとも大貫さんが遭遇した時間帯より以前に入った直近の探索者で未帰還者もいませんでしたから」

「なるほど。入り口はひとつしかありませんから、そりゃすぐに分かりますよね」


 あれだけ厳重な入り口ですのでこっそり入るのは当然無理でしょう。探索協会が協力している場合は別ですが、それを隠しているなら結構な訳ありのはずです。なので私も敢えて藪を突くような指摘をするつもりはございません。


「ハグレは……というか、魔獣全般に言えることですが、アレらはあちらの世界の存在ですから存在境界線の制限を受けません。なので、そもそも国内で召喚を行ったのかも不明なんですよ」

「ああ、なるほど。そういう可能性もありますか」


 ゲートは世界各地に出現しますが、地球でのゲートの位置とゲート先のダンジョンの位置と距離は一致しません。埼玉県の八潮ゲートがイタリアのヴェネツィアゲートの飛び先と距離が近くて徒歩で渡れる話は有名ですし、例えばブラジルで召喚してハグレになった召喚獣が、吉川ゲート先にある水晶窟に来たとしても不思議ではないのですよね。


「国外でハグレになった召喚獣があの場所までやってきたというわけですか?」

「その可能性が一番高いと思います。だから大惨事になる前に大貫さんが討伐してくれたのは不幸中の幸いでした。あの辺りには低レベル帯の探索者しか基本いませんから、最悪相当数の死傷者が出た可能性もありましたので」

「たまたま遭遇しただけですが、不幸なことが起こらず良かったです」


 会った瞬間に死ぬと感じましたからね。時間遅延がなければ私も生きてはいなかったでしょうし、吉川ゲートで対抗できそうな方は入り口で注意してくれたあの職員の人くらいなのではないでしょうか。




———————————




【次回予告】

 すでに証は得た。必要なのは楔であると知者は謳う。

 赤き悪魔の再臨。その可能性に男の鼓動が高鳴り響く。

 そして続けて告げる知者の言葉に善十郎はいずれ来るであろう嵐の到来を幻視した。

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