真紅のレディと口の上手い坊や2

 大して柔らかくもないソファに腰をかけて、薄汚いローテーブルに足を乗せる。どうせ出番もないだろう舞台は先程明かりも落ちている。銃声が未だ聞こえるから、終わってはいないはずだが、俺らの助けを必要とする任務でもないだろう。


「お行儀が悪いわよ、坊や」


 今日は下ろしている髪をかきあげながら、レディが言う。セクシーだねぇ、危うく惚れちまうところだった。もう手遅れだ、とはよく言ったもんだ。


 今日のレディは黒いスキニーパンツに、黒いパーカー。いい女は何を着ても映える。指先と唇に乗った赤がいいアクセントだ。


 テーブルから足を下ろして、足を組む。レディの前では紳士でいなくちゃな。


「これは失礼。戻ってきてたんだな」

「あの程度、時間をかけるまでもないわ。所詮は下っ端、と言ったところね」

「はは、さすが。隣に来るか?」

「そうするわ」


 レディの歩いてくる様は、やはりランウェイでも見ているかのようだ。着ている服はそう高くもなければ華やかでもない、没個性そのものなんだがな。


 俺の隣に優雅に腰かけるレディ。安っぽいボロボロのソファも、レディが座れば玉座に早変わりだ。


「今日の主役は上手くやっていそうね」

「ああ。二ヶ月ぶりの大舞台だって昂っていたからな。テンション上がりすぎてドジやらかさなきゃいいんだが」

「どうなの?彼女の新しいバディは」


 彼女。コードネームはmaizeメイズ。陽動を得意とする女で、とにかく派手に暴れ回るのが特徴だ。何事もスマートに、というスタンスのレディとはあまり相性は合わないらしい。


 如何せん自由奔放であるせいで、誰ともバディを組んでいなかったが、つい最近新しく入ってきた男と、自ら望んでバディを組んだという。また珍しいこともあるものだと組織内では噂になっていた。


 その噂の新人のコードネームはpun purpleパン・パープル。腕っ節が強く、策をめぐらすよりは戦場に立つことを得意としている。気は短いが話はある程度は通じる印象だ。


「相性はいいんじゃないか?狂犬二人、飼い主が居ないのが心配だが、殺し漏らしはなさそうなバディだ」

「戦闘特化って訳ね。まあ、悪くはないわ。組みたくもないけれど」


 ライターの音がした。オイルが少ないのか、なんどもカチ、カチ、と音がする。懐のポケットからライターを取りだして、レディに渡した。


「あら、ありがとう。……そろそろ、ライターを買わなきゃいけないわね」

「わざわざ買いに行かなくても、それをやるよ。サラに近いし暫くは使えるはずだ」

「それはありがたい話だけど、坊やは使わないの?」

「俺は煙草も吸わないし、maizeのように花火も打ち上げないからな。使い所なんてないさ。それに、元々レディにあげるつもりだった」

「そう。なら、貰っておくわ」


 紫煙がくゆりはじめる。全く、退廃的な雰囲気もよく似合う女だ。


「暇ね」

「あぁ。いい事だ。こうしてのんびりとした時間を一時的にでも過ごせるんだからな」

「ここがリゾート地であればそう言えたわよ、私も」

「んー?レディがいるところがリゾート地だぜ?」

「坊やにとっては、ね」

「はは、クールな返しだこって」


 ふざけて言えば、興味なさげに煙を吐き出すだけで返された。ソファの肘掛に肘を着いて、煙草の灰を地面に落とす。


「坊や、次の休みはいつ?」

「レディが休みの日だ」

「予定は空いてる?」

「んー?レディためなら空けるぜ。もしや、デートのお誘いか?」

「ええ、そうよ」


 面食らったのを、鼻で笑われる。悪い女だ。引っかかっている俺も俺か?


「場所は?」

「任せるわ。私をエスコートしてちょうだい、坊や。期待してるわよ?」

「レディの頼みとあらば、応えない訳にはいかないな」


 バイブレーションの音が耳に入った。俺のスマホでは無い。レディが気だるげにスキニーからスマホを人差し指と中指で引き抜いた。スラリとした指の動きが優雅で、つい見とれてしまう。


「はぁ、やっぱりmaizeね。応援要請に10賭けるわ」

「なら俺は完了報告に10だ」


 レディが応答すると、スピーカーにしてもいないのに、maizeの声が俺にまで聞こえてきた。相変わらず声量のあるガールだ。ガールっつっても、俺よりも年上だったは気はするんだが。


『やぁやぁ、聞こえるかい?レディアンドボーイ!』

「ええ、聞こえるわ。うるさいくらいよ」

『そりゃあ良かった。さあ、ここでクエスチョン!応援要請か、完了報告。どっちだと思う?』

「あら、当てたらなにか貰えるのかしら」

『キス一回、でどうだい?』

「煙草一本の方がよっぽどいいわね」


 愉快そうな笑い声が聞こえた。レディと顔を見合せて、二人して肩をすくめる。

 電話の向こうで物音がする。あ、というmaizeの声が聞こえた。


『てんめぇええ!俺を囮に逃げ出しやがって!』

『それは違うよ!応援要請出せる人が居ないと状況打破できないじゃないか!今!ちょうど!応援要請してたところなんだから!』


 レディが問答無用で通話を切った。あの様子じゃ大丈夫だろうな。maizeも今まで単独でやって成果を上げただけの力量はあるし、pun purpleもあの様子なら大丈夫だろう。むしろ、あのmaize相手に恐れもせずに突っかかれるのは相当な大物だ。


「ねえ、坊や。この後の私の時間を坊やにあげるから、夕飯を奢ってくれない?」

「はは、いい提案だな。何が食べたいんだ?レディ」

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