8

 俺は結局、逃げ癖のついた不真面目大学生でしかなかった。

 ここまで追い詰められても、突如天才的な閃きが降りて来るような事もなく、走馬灯の内容もショボく、結局は思考のほとんどを逃避に費やしていた。


 スマートフォンを取り出す。あれから何時間経ったのか、もともと講義中にこっそり覗いていた事もあって、充電は残り30%を切っていた。

 それが尽きれば、一週間程何の娯楽も無しに、この狭い空間の中で、飢えと凍えに苦しみのたうち続ける事になる。それは分かっていた。それでも俺が考えていたのは、最後くらい、彼女の声を聞いていたい、という事だった。


 イヤホンを耳に入れて、スマホの画面をタップし、アーカイブの視聴を再開する。


『私、「死ぬ前にこれはやっておきたい!」、の精神でこれまで生きて来たんで。だから怪しい占い師とかにも会いに行きますし、変なセミナーにも潜入したりするんです。まあちょっと無茶だな、って所はありますけど、「どうせならやろう!」って精神のお蔭で、今の私があって、皆さんと会えたので、このスタンスは大切にしていきたいと思ってるんです』


 それを聞いていたら、空元気だけは湧いた。

 何処にも行けないし、どうしようもないのに、自分は何者にも成れる、そんな根拠のない自信が沸いた。

 

 俺は昂りのままに、スキップしながらその空間をぐるぐる回る。

 彼女の声に耳を傾け、彼女の姿を見て、その言葉に酔いしれて、


『だから皆さん』

 

 踊り出したいのを堪えるように、バッテリーの残りを全て注ぎ込んで、最後の宴を楽しんで、



『これからも宜しくお願いします』


   キキャァァアァァアアアアアアア!!



 左脚の脹脛ふくらはぎにぶつかった衝撃によって、俺は撥ね上げられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る