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後から知った話だが、あの事故で死んだ人は、実直な市役所職員だったらしい。
絵に描いたように真面目な人で、交通違反とかもこれまでになかった。
ただあの日は、何かの賞の選考結果が出るタイミングだったらしい。
若い頃から追っていた夢であり、周囲も応援をしていて、大賞を取った事に彼の妻が先に気付き、彼に電話を掛け、今すぐ結果を確認するように勧めたのだ。そんな事を言われたら、当然期待する。祝う準備をしている妻が待つ家へ急ぎながら、彼は大賞発表のページを開けて、そうして——
線は、見られていないと、意味が無い。
呪いを解くには、そもそもその呪いを、意識から完全に消す事だ。
俺はあの時、彼女の配信を見てテンションが上がり、自分の現状も忘れ、何でも出来る無敵状態になって、物の弾みで鳥居を潜り、見事に車に轢かれたのだった。もしかしたら、このまま進めば車と接触する事も、あそこに囚われる条件だったのかもしれない。
幸いな事に、脚の骨を折って全治半年程、というだけで済んだ。
リハビリやら病院食やら、松葉杖を手放せず走れもしない生活やら、大変な事も多かったが、彼女が居れば、それも乗り越えられた。
それからは、ちょっとだけ真面目な学生をやってるよ。
退院した後、何度かあの交差点に、献花と黙祷をしに行った事がある。とは言え、駅までの道は別のルートを使うようになったし、歩きながら配信や曲を聞く事は、もう絶対にしないと誓った。
立て看板の事故件数が1件に増えた後、次の月の「0」は、前程力が入っていなかった。あの妄執はもう解けたのかもしれないし、今も条件が揃えば再発するのかもしれない。俺にはどうする事も出来ない。
俺と他の遭難者の違いは、「推し」を持っていたか否か、それだけだ。
運が良かっただけで、解決できる力などあるわけがなかった。
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