5

 俺はまたもその場を意味もなく歩き回りながら、頭の中でとにかく考えた。

 焦った時や、興奮した時、そうやって体を動かす事で落ち着こうとするのが、俺の癖だった。

 だが、実のある思考は浮かんで来ない。「考えろ」という言葉を浮かべているだけで、実際には考えなど何も進んでいない。まさに空回りといった状態。

 その間にも雨は降っている。

 雨水が体温を奪っていき、服に吸われて重みを増やし、鞄の中に染み入って、テキストやプリントを台無しにしていく。靴の中がグジュグジュと浸され始め、跳ね上げた砂利を靴下で踏む。湿度は高く、けれど寒い。前髪は顔に張り付いて、首を伝った雫が背筋をはしり降りた。最近運動不足だったせいか、それとも身に着けた物が重くなったせいか、足がパンパンになったように痛む。まるで数時間歩き通しだったみたいに。空腹が鎌首をもたげ、這い寄って来る。そのうちに睡魔も現れるかもしれない。

 

 八方塞がり。

 

 「鳥居は四つなのに、『八方塞がり』とはこれ如何に」、なんて、空転する脳味噌は意味の無い考えを弾き出し、


 それで気付いた。

 

 

 どうして気付かなかったのだろう。

 鳥居から出る事にこだわり過ぎていた。鳥居を支える脚は太めだが、それらの間に空間はある。そこから出ればいいじゃないか。

 俺は一目散に鳥居に取り付くと、その隙間から手を入れようとして、

 何かにぶつかった。いや、止まった。ここでもそうなのか?いや、鳥居の向こう側に出せてはいる。いけるかもしれない。まだ希望はある。俺はその先がどうなっているか、様子を確認しようと腕の力で体を持ち上げ、頭を乗り出して、


 そこには、交差点が見えた。道路が、街が見えた。


 「外だ!」、不快感が吹き飛び、気力が復活した。更に良い事に、横断歩道を渡ろうとしている誰かが居る。俺は叫んだ。助けてくれと。ここだ、閉じ込められている、引っ張り出してくれ、と。

 しかしその人物は、俺に気付かない。

 灰色のレインコートを着たその人は、俯いてしまって俺を見ようともしないのだ。

 聞こえていないのか?しかしこれを逃すわけにもいかない。俺は呼び掛け続ける。

 ここだ。こっちを見てくれ。助けてくれ。引っ張ってくれ。

 けれども変わらず、その人は下に視線を向けたまま、速度を変える事なく、さっき俺が通ったのと同じルートで、横断歩道上に差し掛かり、


 近付いて来て、ようやく俺にもその様子が見えた。

 その人は、手元にスマートフォンを持って、それを見下ろしているのだ。

 画面の向きを縦にして、まとめサイトか、それともパズルゲームでもやっているのか。もしかしたら、イヤホンもしているのかもしれない。俺は絶望しながらも、喉が破れんばかりに叫んで、


   キキャァァアァァアアアアアアア!!


 鼓膜もアスファルトも引き裂く甲高い音と共に、その灰色の人影に白い物体が追突した。自家用車が、人を轢いた。事故だ。バンパーが凹み、右のライトが欠け、少しだけ朱を差されたその車は、しばらく何をするでもなく止まっていたが、やがて運転手が降りてくる事すらなく、そのまま走り去って行った。


 そして暗転。見ている先には、


 「今月の交通事故00件」。

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