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鳥居だ。神社の前にある、聖域の入り口を示すアレ。横断歩道を渡ってたのに、それがいきなり目の前に現れたんだ。
そりゃびっくりしたよ。おったまげた。声が出てたかもしれない。
俺は周囲を見回してみると、景色は酷く様変わりしてた。
真っ暗なんだ。
横断歩道を構成する白線は、変わらず地面に引かれている。
だけど、その地面が暗い。黒過ぎて、それが地面なのか、奈落なのか、それが分からないくらいに暗いんだ。
鳥居は四方にあった。俺は鳥居に囲まれていた。鳥居の真下に白線があって、その先に横断歩道だ。
足下もさっきまでの固い路面とは違う、ジャリジャリとして、ぬかるんでもいて、砂や泥のような何かが、積もってできた地面みたいだった。
それ以外にあるのは、雨だ。
雨脚は弱く、だけどしとしとと降り続ける。
遠景に行く程、その勢いは強くなっているらしく、透明な幕のような物で、一帯が覆われてその先を見えなくしていた。
殺風景。
だけど絞られた情報量だけで、十分に異様であると言い切れた。
キャー
まただ。
何か音がする。
俺はアーカイブの再生を停止し、イヤホンを外して、注意深く耳を傾けた。
キャー!
甲高い音、というのは分かった。
分かったが、それだけだ。雨音もあって、それ以上がはっきりしない。
何か嫌な感じだ。俺はそこから離れたくなった。
でもどうやって?
簡単だ。横断歩道を渡ればいい。
俺は目の前の鳥居と向き合う。そこを潜るのは、立ち入り禁止のテープを無視するみたいで、何だか後ろめたかった。俺はウロウロとその場で行ったり来たりして、そこを通過しない方法を考えたが、すぐに諦める。そうしないと、この不気味な場所からは出られない。背に腹は代えられないのだ。俺はその外へ踏み出そうとして、
立て看板が見えた。
「今月の交通事故00件」。
そう書かれたそれが、進行方向の先に見える。
キャー!
俺は何故だか、嫌な予感に襲われた。この先に行けば、良くない事が起こる。それを本能が直感したかのように、上げかけた足が元の立ち位置に戻された。
俺は何度も、再びそちらへ歩き出そうと試みて、だけど足はもう、ピクリとも言う事を聞かなくなった。
方角が駄目なのか。そう思った俺は、今度は反対側の鳥居に向かって進んでみた。その時は普通に歩けた。だけど、
絶対に、ここを超えてはいけない。何が起こるのかは分からないが、そういう確信だけは強くあった。
左右の鳥居でも試してみたけど、全部が同じ結果だった。俺はそれを超える直前で立ち往生して、指先をそこから出す事すらも出来なかった。
俺はぐるぐる歩き回りながら考えた。
何をそんなに怖がっているのか。どうして超えられないのか。根本的な話としてここは何処だ?って言うか、ここは何だ?そうしていると、どっちが俺の行きたかった方向かすら、分からなくなった。
これは現実なのか?頬をつねるまでもなく、雫の冷たさが夢を否定する。
俺は一つの鳥居のスレスレに立って、180°回頭、反対側の鳥居へ走る。
が、やっぱり直前で、俺自身が、様子を見るように立ち止まってしまう。
少しの助走から、走り幅跳びを試みるが、これもダメ。十分な飛距離のジャンプをしようとすると、踏み込みの時点で止まって、勢いを殺してしまう。偶に跳べたと思ったら、白線より内側に着地して、前のめりに倒れることさえ出来なかった。
スマホを取り出す。薄々思っていた通り、電波が通っていなかった。ここは外部と、完全に遮断されている。
キャー!
「今月の交通事故00件」。
俺が鳥居の先を見据えると、いつもその音と看板があった。
閃く。それを見なければ良い。鳥居や白線を超えようとして、心がブレーキを掛けるなら、知らずに超えていれば良いのだ。
俺は鳥居の一つを正面に、後ろ歩きで進んで行った。
一歩、また一歩、ゆっくり、そろり、そろり、と。
キャー!
「今月の交通事故00件」。
だけど、足は止まった。それ以上行くと、崖から落っこちてしまう、そんな危機感が俺を押し留めてしまった。目を瞑ってみても、同じ事だった。音が聞こえて、俺は動けなくなる。
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