梅雨の日のひととき
アオヤ
第1話
突然の土砂降りに僕は慌てて父の車に避難した。
父の車は旧いマツダのルーチェという車だ。
ルーチェってイタリア語で光とか輝きとかいう意味らしい。
でも、父のルーチェはボテッとした箱を積み上げたようでイタリア車とはほど遠いデザインをしている。
まるでアメ車の様なデザインだからわりと大柄に見えるのにナンバーは5ナンバーなのだ。
サスペンションはフニャフニャして収まりが悪く段差を乗り越える度にホワンホワンと小さくバウンドを繰り返す。
エンジンルーム内には古臭いヘッドのエンジンがこじんまりと納まっている。
エンジンの両脇からは地面が見えるんだが……
そのエンジンはアクセルを踏むとガサツに回り、大きな音を出すのに前に出てくれない。
こんな事を言うと良い事がまるで無い車のようだがまさにその通りだと思う。
だか、僕はこのどうしようも無い車を気に入っている。
車の外では雨は益々ひどくなり辺りは薄暗くなりだした。
雷がすぐそこに落ちたらしく、イナビカリの後ズドドドーンと耳を塞ぎたくなる様な音がして身体がビリビリした。
僕は車の室内という安全な場所に逃げ込んでいるので、その場で起きている事が映画館のスクリーン上の出来事の様に感じられた。
僕の頭の上ではドラムを叩く様な音がし始める。
そしてその音は雷の落ちる音とジャズセッションしているみたいに感じた。
僕は運転席からボンネットの上に落ちてくる雨粒をぼんやり眺めた。
大粒の雨粒はピタッピタッっとボンネットに叩きつけられて小さく砕けていく。
ボンネットの上には砕けた王冠が散らばる。
車のフロントガラス越しにぼんやり眺めるとその王冠達が水の妖精に見えてきた。
水の妖精はボンネットの上でドラムの音と落雷の音にあわせて優雅に踊っている。
ボンネットにポツンと雨粒が落ちたほんの一瞬だけのダンスだ。
次々と現れては消え、消えては現れる。
しばらくの間、ルーチェの広いボンネットの上で小さな妖精のダンスが繰り広げられた。
やがて妖精が現れる時間が少なくなると辺りは明るくなってきた。
真っ黒だった空が少し灰色がかった白に代わる。
やがて雲の切れ目から鋭い木漏れ日が差し出した。
その光は僕の乗るルーチェにも届いた。
そして雨に洗われた旧車のボンネットにはもう一つの空が拡がった。
梅雨の日のひととき アオヤ @aoyashou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます