共犯者

「誰って。君と同じだけど?」

 そういうと、彼女はフードを頭からのけて表情を露わにした。宝石みたいに大きく輝く瞳が目を引き、次にその絹のような髪がふわっと広がる様に俺は目を奪われた。どこか既視感がある、そう俺は瞬間的に思った。しかし、その既視感が宙に浮いたまま思い出せない。

「俺と同じって何なに? というかなんで俺の裏垢知ってるわけ。ストーカー?」

 ストーカー。その言葉がのどにつっかえるのを無理やり押し出して音にした。二人きりのカラオケボックスの中で、カラオケの機械から流れる広告の声だけが鳴り響く。その明かるい音声が、今は特に耳障りだった。

「【黒タイツフェチ】……。そうだね、とりあえず黒タイツ君って呼ぶね?」

 彼女は意味ありげにほほ笑む。唇に指をあてるしぐさが妙に艶めかしく、ピンクのアイシャドウが目元を際立たせる。

「私は愛莉。黒タイツ君のことは投稿サイトで『特定』しているときに知ったんだ。」

 その時、俺は彼女への既視感の正体を思い出した。


「私、あなたと同じで圭くんをストーキングしてるの」

 

 彼女は笑う。色っぽく、可憐に、そして二次元のように。

 そう、彼女は二次元ヒロインその物だったのだ。愛莉は、圭の推しているアニメのヒロインを彷彿とさせる容姿と仕草をとっていた。それが、既視感の正体だった。


 そのアニメは、俺が圭に紹介したものだった。人気のラブコメ作品で、その中でも最人気の女の子は「雪」という名前の蒼い髪のミディアムヘアの子だ。その子は幼馴染ヒロインで主人公のことが大好きで、昔のことから何もかも知っているちょっぴり愛が重いかわいい子である。そして、そのヒロインは圭の投稿サイトでのアイコンにもなっている。圭は全部で三つアカウントを持っているのだが、すべて雪ちゃんのアイコンだし、しかも最奥となっているアカウントでは雪ちゃんに対する熱烈な恋心を投稿するのがお約束だ。具体的には、平均で深夜十一時から一時にかけてのことが多い。バイトがある月、火、土曜日意外だとそれがさらに早まり……。


「ねえ、黒タイツ君。今圭くんのこと考えてたでしょ?」

 俺はそう愛莉にいわれた瞬間、自分の口角が上がっていたことに気が付いた。俺の顔は醜く歪んだ笑みを浮かべていた。そんな俺に向かって、愛莉は近寄り、俺の耳元に空気をたくさん含んだささやき声で特大の爆弾を落とす。

「私と圭くんが付き合えるように協力してよ」

 彼女はそういうと、顔をふっとそらした。


 俺は一瞬頭が真っ白になった。俺は圭を恋愛対象として好きになったことはないが、彼に彼女ができることは絶対に避けたかった。それは、俺が最も危惧することだ。そんな俺の気持ちを察したのか、彼女は再度俺の耳にある「提案」をしてきた。


その提案を聞いたとき、俺は無意識に彼女の言葉にうなずいていた。


「じゃあ、約束ね?」

 愛莉は満面の笑みでそう答えると、会計をしてさっさと店を出て行ってしまった。

 たったそれだけで、俺は彼女の奴隷になった。

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