第2話・カチコミに来た女

「怪人の正体は、ご当地アイドルの朱音あかねさんだった。」


あかまちの外れにある、空き部屋ばかりのボロアパートが、紅葉こうようミヤビの自宅だ。

陳家な場所だが、仲間内では『基地』と呼んでおり、事件が起こるたびに集まっている。


「え、朱音ちゃんだったん!?」

星加ほしかキイタは、黄色い瞳を猫のように開き、ショックを受けていた。


「なんじゃキイタ、ファンだったんか?」

「うん!オレ朱音ちゃんの歌声好きなんよね〜。今度のイベントも行く予定だったし。」


最近話題なこともあり、赤ノ町での知名度はそこそこ。近い内にひがしまちへ出て、本格的にデビューするのではないか、と噂もされている。


「…なるほど。」

銀縁のお洒落なサングラスを外し、水都みずみやクウトは1枚のチラシを取り出す。


「それって…ワンダー・ガーデンのイベントのチラシか。」

「うん。2日後の日曜日に、朱音さんのライブがある。」

「それそれ!オレが行こうとしよったやつ!」


ワンダー・ガーデン。不思議の国のアリスをモチーフにした、赤ノ町の公園。屋外ステージがあり、よくイベントが行われている。


「みんな〜、お茶とお茶菓子、持ってきたで!」

お茶とお菓子が乗ったお盆を抱え、小柄な少女が寄ってくる。


「お、ありがとモモモ。…てか、すっかり俺ん家にあるもの把握しとるんじゃな」

「ふふ、これでも紅葉の使用人じゃけぇの!」


脱兎だっとモモモ。赤ノ町の極道・『紅葉組こうようぐみ』が解散する前、家事係として雇っていた男女の間に生まれた少女。


生まれながらの反社の使用人…苦労の多そうな人生だが、モモモは今でもミヤビに使えているつもりらしい。


「あんま気にせんでな?紅葉組はもうないんじゃけぇ。まぁ、モモモが楽しいならええんじゃけど…」

「ミヤビ兄の為ならなんだってするで!」


モモモは、ミヤビが大好きだ。幼い頃から一緒だったからか、実の兄のように思っており、「ミヤビにい」と慕っている。


「…で、話の続きだけど。」

百均で買ってきたコップに注がれた日本茶を一口飲んだ後、クウトは話を続ける。


「朱音さんは、2日後のライブが嫌で、人を消して回ったんじゃない?」

「えぇ?!」

キイタは再び猫の目をして驚く。

思わず手に力が入り、食べようとしていたお茶菓子の最中が崩れかけ、慌てて口へ運ぶ。


「あー…それは俺も思いよった。怪物になった朱音さん、人を憎そうに叫びよったけぇ…」


『消す、消すのよこんな町!私をこき使うこんな醜い町!!!』


ミヤビは、朱音の叫びを思い出す。


「ご当地アイドルとはいえ、芸能人ってのは苦労が多いもんじゃろうけぇの。もしかしたら、歌うことを強制されよったんかもしれん。」


みんなより少し綺麗なコップに注がれた日本茶をすすり、最中を食べる。

100均に売っていた一口サイズの最中だが、柚子餡が中々美味しい。


「…ほんまにそうなんかなー…?」

星型のヘアピンのおかげでよく見える眉を下げながら、キイタは疑問を抱えていた。


「朱音ちゃんの歌声が聴こえると、辺りが明るくなるんよ。歌に引き寄せられて、集まってくる。」

「…そうなん?」


キイタは時折、不思議な言動をする。

まるで、人と違うものがいるかのような、独特な感性。

でも、あえてそれを指摘するような勇気は、ミヤビにはなかった。

…彼も中々、闇深い環境で育っていることを知っているからだ。


「朱音ちゃんの歌声に、嘘は感じん。他に理由があふんじゃないん?」

「うーん…キイタが言うなら、そうなんかもしれんな…」

キイタのこういう直感?は、よく当たる。


「…じゃあ、他に思い当たる理由、あるの?」

クウトは青い瞳をジトっとさせ、キイタを見つめる。少女と見間違うような、ドールのように整った顔立ちをしたアルビノの少年に睨まれると、少しドキッとしてしまう。


「うーん…具体的にゃないんじゃけど…」

キイタは頭を抱えてしまった。難しいことを考えるのは苦手だ。


「んー…女の子同士、モモモ、なんかわからん?」

「うーん…人を消すってことは、歌を聴かれたくない理由があるんじゃないん?」

「「聴かれたくない理由?」」

ミヤビとキイタは首を傾げる。


「例えば、歌うことは大好きじゃけど、凄く恥ずかしがり屋で、人前で歌うのは嫌じゃー!…みたいな?」

確かに、そう考えると納得がいく。アイドル活動そのものが、誰かに強制させられていたのかもしれない。


「…それこそ、オペラ座の怪人みたいじゃのぉ」

怪人かいじん。赤ノ町に現れる、怪事件の犯人。元々は人間なのだが、どういう訳か、SFじみた力を持っており、放って置くと怪物かいぶつに変身してしまう。

ミヤビ達は、怪人の存在を表社会から隠すために、怪人達と戦っているのだ。…そうなった経緯は、話すと長くなる。


「朱音ちゃんは顔も可愛いけどな!」

「じゃけぇ、無理やりアイドルにさせられたんかもしれん。」


「…」

クウトだけは、まだ納得がいっていない様子だ。



ピーンポーン

ボロアパートの角部屋に、珍しくチャイムの音が響く。


「誰じゃ?宅配?」

「いや、頼んどらん。クウトなんか頼んだ?」

「まさか。極力身バレするようなことはしない。」


ここは紅葉ミヤビの自宅だが、表記上は、『水都みずみや』となっている。これはミヤビの母方の苗字で、ミヤビは表社会ではこっちの性を名乗っている。

色々あって養子に取り、一緒に暮らしているクウトの苗字も、水都だ。


「あれかもな、怪しい勧誘とか…ちょっと見てくるわ」

ミヤビは席を立つ。勿論インターホンにカメラなどないので、昔ながらの除き窓を使う。


「…え?」

そこに立っていたのは、黒髪の美しい女性。


「朱音さん?!?!」

「え、朱音ちゃん?!」

ミヤビの叫び声に、キイタが反応する。

モモモは驚いた表情でぽかんと口を開けており、クウトはサングラスを掛けて警戒する。


「…開けて良い?」

「危険だから居留守しなよ…って、言いたいところだけど、それだけ大声で叫んだら、バレてるよね。」

朱音に、住所を教えた覚えなどない。


怪物になった怪人を眠らせると、に戻る。目を覚ませばSFのような力はなくなっており、自分が怪人だったという記憶もなくなる。

少なくとも、ミヤビ達がこれまで戦ってきた怪人は、みんなそうだった。


…故に、この場所に朱音が来るのは、おかしい。


ピーンポーン

再びチャイムの音が響く。


「ど、どうすりゃええ?」

ミヤビはドアノブに手を伸ばせないまま、みんなの方を見る。

「ここは、リーダーの判断に任せるで!」

と、言いつつも、キイタは期待に満ちた表情をしている。…朱音に会いたいのだろう。


「記憶はないじゃろうし…もしかしたら、普通にお客さんかもしれん!お茶淹れなきゃ!」

「…僕は隠れるね。万が一のために、麻酔銃は構えとく。」

呑気なモモモと、警戒を高めるクウト。

…どのみち、ドアを開けるという選択肢しかなさそうだ。


「開けるで…?」


キィ…

と錆びた金具が音を鳴らしながら、扉を開ける。

「あの…朱音さん、ですよね?」

「ええそうよ。アイドルの朱音。」


そういうと、朱音はミヤビの手を取る。

「ねぇ、少しお話いいかしら?」

「…おっと…」

長い睫毛にパッチリした黒い瞳。魅惑的な赤い唇。

絵に描いた様な美少女に、本能的に心を掴まれそうになる。


「…なーんてね。」

「っ?!」


突然朱音に蹴り飛ばされ、床へ倒れ込む。


「ミヤビ兄!!!」

咄嗟にモモモが駆けつけ、倒れ込むミヤビを支える。小柄な割に、力には自信がある。

「っ…さんきゅ、モモモ。」


「……朱音さん?!」

「ごめんなさいね?」

朱音はニコッと微笑む。


(…ハニートラップに弱すぎるでしょ)

押し入れに身を潜めているクウトは、呆れた表情で麻酔銃を構える。


バシュッ

空を切る音が耳元をかすめる。

「…またそれ?」

朱音の綺麗なネイルがされた爪は一瞬にして鉤爪となり、"麻酔銃"の針を弾き、しまった。


「なっ…」

クウトは狼狽える。視力こそ悪いが、麻酔銃の腕には自信があった。…それを、弾かれた。また、ということは、先程のアロンソでも、そうだったのか?


「アロンソでの時は危なかった。あと1秒遅かったら、眠っちゃってたかも。」

「…じゃあ、みんなが元に戻ったのも、やられたフリだったん…?」

モモモの恐怖の表情を見て、朱音はクスクスと笑う。その様子は、アイドルの朱音とは大違いだった。


「…朱音ちゃん…?」

キイタはキョロキョロと辺りを見渡し、を探しているようで、その表情は混乱に満ちていた。


「おいキイタ!大丈夫か?」

「あら、よそ見してる暇あるの?」


怪物になった朱音は、鉤爪を振りかざす。

咄嗟に避けたが、この、狭いボロアパートじゃ、長くは持たない。


「くっそ…なんかピンチばっかりじゃ…」

ミヤビは頭をフル回転させる。これまで麻酔銃以外で怪物を眠らせていた方法は、ちょっと物騒だが、衝撃による"気絶"だ。


(でも、リスクが高いんよな…自分も、相手も。)

怪物とはいえ、元は人間。命だ。

加減を間違えて殺してしまっては、元も子もない。


(いや…覚悟を決めろ、紅葉ミヤビ。ここで決めんと、"シマ"なんて護れん。)

ミヤビは体制を整え、覚悟を決める。


「モモモ、キイタ頼めるか?ちぃと混乱しとるみたいじゃけぇ。」

「任せて、ミヤビ兄。」

混乱するキイタをモモモに任せ、本格的に戦闘モードに入る。


(『消す』機能を持っとるのは、あの鉤爪じゃろうな。)


元の美少女の原型がない、人と鴉の間のような容姿で圧倒的に目立つ、真っ黒の鉤爪。

これまで、あの爪に裂かれたものは、全て消えていた。


(…あれしかないのぉ。)

脳裏に浮かんだ、一つの解決策。


「クウト!段平ダンビラ!」

「…わかった。」


クウトは、押し入れの中の敷布団を探る。


(いい加減、こんな雑な仕舞い方じゃなくて、もっと隠すべきだよね。)


敷布団の間に隠されていたのは、紅い鞘にしまわれた、幅の広い

すぐさま手に取り、効かない視力でぼんやりと、でもはっきりと捉えている、ミヤビの影に向かって投げる。


「さんきゅ!」

ミヤビは日本刀を手にし、鞘を抜く。

キラリと光る銀の刃には、紅葉もみじの模様が彫られている。


「…ちぃとびっくりするで?」

冷静に、刀を構える。

いつもの冴えない表情ではない、鋭い真っ赤な瞳が、獲物を捕らえる。


ゴトッ…

「…?」


事は一瞬だった。

朱音は、辺りがスローになったかのような感覚で、違和感を覚えた爪を見る。


「っ…ない…?!」


長く大きな鉤爪は、根元から斬り落とされていた。


「べっぴんさんの綺麗な爪を斬り落とすなんて、俺の流儀に合わんのんじゃけどのぉ。」

ミヤビは「決まったぜ」、と言わんばかりのカッコをつけた表情で、朱音にそう言った。

…こういうところが、彼を冴えなくさせる理由だろうに。


「黙れ!ああ、なんてことを…」

朱音は動揺している。

やはり、鉤爪がなければ、ものをことができないらしい。


「今じゃクウト!」

「言われなくても。」


バシュッ

と空を切る音が、隙だらけの朱音の皮膚を突き刺す。


「っ……」

朱音はしまった、という表情をした後、徐々に足元が覚束なくなってゆく。

そのまはまフラフラと倒れ込み、やがて、元の美少女の姿へと戻った。


「…今度こそ、眠っとるな。」

朱音の息を確かめ、安堵する。


「…おつかれ。」

クウトが押し入れから出てくる。

まだ15歳の少年なのに、ミヤビにとって本当に頼りになる相棒だ。


「キイちゃん、大丈夫?」

モモモが心配の表情で、キイタに話しかけていた。

すぐさまミヤビとクウトもそばにより、彼を支える。


「…ん?」

キイタは眠った朱音の姿を確認して、目に光を取り戻す。


「ああ、朱音ちゃん!いた!よかった…」

「…え」

安堵するキイタを見て、ミヤビは、困惑した。


「…そうじゃね。朱音さんは、ずっと居る。」

モモモは慈愛に満ちたに表情で、キイタの頭を撫でる。一応、キイタの方が年上なのだが、モモモの方がずっと大人びている。


「もう、行くん?」

キイタは眠る朱音に声を掛ける。

眠っているはずの彼女が、心なしかその問いに答えるような表情をしたのは、ミヤビの気のせいだろうか。


「…なぁ、キイタって」

ずっと、聞く勇気がなかった疑問を、問おうとした。…が、開けっ放しの玄関に、人影が現れる。


「…水都。何事じゃ?」

人影の正体は、紫の瞳をした見知った人物。


?!いや、これには理由が…」

パーマがかったロングヘアを揺らす彼女は、殆ど空き部屋のボロアパートに住む、もう一人の住人。

名を、『華村かむらヲフデ』。22歳。


「それ、"朱音"か?…で、そっちは日本刀。」

ヲフデは、玄関先で眠る朱音と、床に置かれた日本刀を見て、眉間にシワを寄せる。


「…そうです。」

ミヤビは怖気づく。あれだけ派手に戦ったのだ。

人気の少ない場所といえ、そりゃバレるだろう。


「…ま、深入りはせんよ。こんな場所に住むもんは訳アリじゃろうけぇのぉ。…ただ、その子はほっとけん。」

ヲフデは、女性にしては高い身長で、軽々と朱音を抱える。正直、ミヤビなんかより、ずっと男前に見える。


「ちぃと離れた場所で、救急車を呼ぶ。この辺にゃ人が少ないし、防犯カメラもない。…探られんようにしとき。」

「…ありがとう、姐さん。」


すっかり日も暮れていた。

ヲフデは街頭の少ない路地へ向かって、静かに去ってゆく。


「…何もんなんじゃろうね?ヲフデさん。」

モモモは首を傾げる。ボロアパートで時々八合わせるが、自分たちについては何も聞いてこない。


「ま、今どきハードボイルドな姐さんよな。」

このボロアパートの付近は、元々のものだったグレーの人達が行き着く場所。

…それも、この付近は4年前、『紅葉こうようのシマ』だった。


「…とにかく今日は解散じゃ。キイタ、一人で帰れるか?」

「うん!」

キイタは、すっかり元の調子に戻っていた。

元々キイタもミヤビの家に居候していたのだが、18歳になってからは、近所のマンションで一人暮らしをしている。


「モモモは…一応、親御さんに連絡しとくで。女の子一人じゃ心配じゃろうし」

「うーん、私強いから、大丈夫じゃけど。」


紅葉家の家事係だった脱兎だっと家は、紅葉組が解散してからは、特殊清掃の仕事をしながら、家族で暮らしている。

モモモ含め、脱兎家の者は、今でもミヤビのことを気にかけてくれており、ありがたい限りであった。


「そりゃそうじゃけど、また怪人が現れるかもしれんけぇの。なんかあったら、すぐ連絡しんさい。」


2人を見送り、荒れた部屋をさっと片付ける。

百均の最中は、完全に潰れてしまっていた。


「こりゃ明日は買い出しじゃな…」

「…」

溢れた緑茶を拭きながら、ミヤビはクウトの様子が目に入る。


「…どしたん?さっきから、なんか引っかかった顔じゃけど。」

クウトは、しわになってしまったワンダー・ガーデンのチラシを見て、考えていた。

今月の電気代を払っていないままのこの部屋に、静かな月明かりが入る。

クウトの白髪は月明かりに照らされ、幻想的に輝く。


「彼女の客は、僕たちみたいな"人間"じゃなかったのかもしれない。」

クウトの言葉に、驚きはしなかった。

どうやら、考えていることは同じらしい。


「…やっぱ、キイタに聞くべきじゃな」


先程ヲフデに言われた通り、ミヤビ達は、の集まりだ。

極道・紅葉組の若頭だったミヤビ、紅葉家の家事係だったモモモ。今では"仲間"のクウトやキイタも、過去には色々あった。


「まぁ、明日動くとして。とりあえず晩飯でも食うで。冷食があるはずじゃけぇ。」

「…冷蔵庫、使い物になるの?」

「あ…」

まずは一刻も早く、電気代を払うのが先らしい。


「ガスと水道は払っとる!シャワーでも浴びよきんさい!その間にコンビニ行ってくるけぇ!」


そう言うと、ミヤビは財布の入った鞄を持って、ドタバタと、外へ出た。


「…全く、僕のは、まともな奴がいないね。」

そう言いつつも、クウトの表情は楽しげであった。





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HERO・SHIMA〜ネオ仁侠〜 朝星りゃう @Rya_usagi

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