HERO・SHIMA〜ネオ仁侠〜
朝星りゃう
第1話・ここは赤ノ町
トランプの形をしたオブジェクトの周りに、煙草の吸い殻が落ちている。
青空に照らされた階段にはヤンチャそうな若者達が屯い、昼間から酔いつぶれた男を見て笑っている。
市内のファンシーな公園なのにも関わらず、ここはどうだか治安が悪い。
ここは平和と物騒の町、『
そんな赤ノ町にある、小綺麗なカフェテリアは、お昼時ということもあり、今日も賑わっている。
「今度ワンダー・ガーデンにあの人来るんじゃろ?ほら、最近夕方のニュースに出とった…」
「あー、歌手見習いの子じゃろ?確か…
ワンダー・ガーデン。治安こそ悪いが、屋外ステージがあるので、よく小規模なイベントが行われる。
そういう時だけは名前の通り、ワクワクする夢の場所へと変わる。
(全く。この町ってのは、変わらんのぉ。)
隣席から聞こえてくる会話に耳を傾けながら、一人カウンター席に座る青年がいた。
真っ赤な瞳をコーヒーに映し、一口。
「ぶっっ…けほ…」
どうやら、砂糖を入れ忘れたらしい。
「お客様、大丈夫ですか?」
「…ああ、ちょっと気管に入っただけじゃけぇ…すみません。」
この冴えない格好つけ男は、『
(俺としたことが…いや、気にするな。些細なことじゃ。)
調子を取り戻し、砂糖をかき混ぜる。なんならミルクまで入れて、大人のブラック・コーヒーは、すっかり甘いカフェ・オレになった。
(うん、コーヒーはやっぱりこれに限る。)
「ところでさぁ、知っとる?最近の怪事件。」
「ああ、ニュースでやりよった。死人まで出とるのに、全部原因不明なのが怖いのぉ…」
「それがな、最近の怪事件は全部『
「ブッッ?!げほっっっカハっ…」
突然聞き慣れた言葉が聞こえ、甘いコーヒーを吹き出す。
「お客様?!」
ああ、今日は本当に格好がつかない。
「…すみません。ご馳走さんでした。美味しかったです。」
逃げるように店を出て、人の少ない路地へ歩く。
(紅葉組が、怪事件の犯人…?)
自分と同じ名をした、反社組織。いわゆる極道。
それもそのはず。何を隠そう、紅葉ミヤビは、紅葉組の若頭だった。
というのも、紅葉組は4年前、組長夫妻…ミヤビの両親が殺害される事件が起きた。元々家嫌いだったミヤビは、後を継ぐことなく、残った者を解散させたのだ。
(今、紅葉組を名乗る奴らはおらんはずじゃ。それが何で、今更…)
ピロロロンピロン。
人気のない路地で、スマホの着信が鳴り響く。
「あーもう、こんな時になんじゃ…」
スマホに映っていたのは、良く知った名前。
良く知っているとはいえ、女の子の電話にはツーコール以内に出る。それがミヤビのしょうもない流儀。
「どしたん『モモモ』?」
『ミヤビ
「キャーーー!」
突然、悲鳴が聞こえてくる。
それも電話越しではなく、先程までいたカフェがある…ワンダー・ガーデンの方角からだ。
「…OK。状況は理解した。ちょっと待っとき。」
ワンダー・ガーデンに辿り着くと、先程まで階段に座っていた若者や酔いつぶれの男、さらには通行人達まで、一人残らず姿を消していた。
その異様な光景に、ミヤビは「またか…」と呟く。
「ミヤビ兄!」
「モモモ!無事か?」
ミヤビの元に駆け寄ってきた、桃色の瞳をした、小柄な高校生くらいの少女。
彼女は『
「私は無事じゃけど、また、町の人が…」
「ああ、こりゃ、前よりずっと悲惨じゃな。」
最近巷を騒がせている『怪事件』の一つ、連続失踪事件。
人が消える瞬間を見たものは誰もおらず、証拠が一つも出てこない、文字通りの怪事件。
しかし、ここまで多人数が消えるのは、今回が初めてであった。
「で、"怪人"は何処行ったん?」
「アロンソの中!」
『アロンソ・キハーノ』。ワンダー・ガーデンの直ぐ側にある、格安で人気の大型チェーン店。
「ミヤビー!モモモー!待たせたー!」
黄色い瞳をした大学生くらいの男が、大声で駆けつける。
「キイタ!」
彼は『
「"怪人"はアロンソに入ったらしい。俺は上の階から回るけぇ、キイタとモモモは一階の捜索を頼む!」
「了解リーダー!」
リーダー、なんて呼んでくれるのは、キイタぐらいのものだ。悪い気はしない。
「ミヤビ兄も、気を付けてな!」
「おう!」
アロンソの中も、人一人いなくなっていた。
これでもか、というぐらい敷き詰められた商品棚や、独特な値段札。異国で流行ったグミに、見たことないボードゲーム…普段は人で賑わっているから楽しい場所だが、人一人いないとなると、少々不気味だ。
(物が多くて、視界が悪いのぉ…いや、それが狙いか…?)
気配を殺し、相手にバレないように探索する。
ガザっ
商品棚の裏側で、物音がした。
「そこじゃあ!」
物音の場所へ、咄嗟に回り込む。
「…!?」
そこには、鴉の仮面をつけた、髪の長い女性がいた。
怪事件の現場に現れる、仮面をつけた正体不明の人間。その姿は男であったり、女であったり、バラバラだ。
そんな仮面の人間は、オペラ座の怪人からとって、いつしか"
女性が驚いている隙に、腕をつかむ。普段なら女性相手にそんなことはしないが、相手は怪人。捕まえることが優先だ。
「見つけたぜ怪人?大人しく仮面はずせぇ!」
「きゃっ…」
容赦なく仮面を剥がす。
仮面の下から現れたのは、整った顔の黒髪美人。
ミヤビは、その顔に覚えが合った。
「あんたもしかして…朱音?」
『歌手見習いの
「っ…あんた誰よ?なんで消えてないの?」
「別に名乗るほどの者でもない。…やっぱり、あんたが町の人を消したんか?」
怪人は、どういうわけだか、人知を超えた力を持っている。
現実とは思えない、SFじみた力。
それなのに都市伝説止まりで話題になっていないのは、ミヤビ達が"隠している"から。
「…そうよ。私が消した。」
「それは、何故?」
「なんだっていいでしょう!」
朱音は人離れした力でミヤビの腕を引き離す。
みるみるうちに、美しい女性は、おぞましい怪物へと変わっていく。
「っと…こりゃまずいのぉ…」
怪人は、"
初めてこの光景を見た時はショックを受けたが、今となっては、慣れたもの。
というのも、怪物を元に戻す方法を、ミヤビは知っていた。
『モモモ、キイタ。怪人発見。怪物になったけぇ上がってくんなよ。連絡よろしく!』
怪物から逃げながら、電話をかける。
焦りは禁物。
こっちは生身の人間。油断すると命を亡くす。
「全く…怪物がおるんじゃけぇ、ヒーローに変身できてもええじゃろうが!!」
どれだけSFじみた状況でも、特撮ドラマのようにはいかないらしい。
「消す消す消す!!みんな、いなくなれ!!!」
怪物になった朱音の鉤爪に触れた物が、次々と消えてゆく。
ごちゃごちゃしていた店内は、あっという間に空っぽになる。
どうやらこれが、怪物・朱音の能力らしい。
「エグい力じゃのぉ?!」
必死に階段を下り、逃げる。その後を朱音が追いかけ、店内はどんどん空っぽになってゆく。
「落ち着きんさい朱音さん!!あんた歌手見習いなんじゃろ?人を消したらお客がおらんくなるで!」
どうにか説得しようとするが、彼女の暴走は止まらない。それどころか逆上して、動きが速くなってゆく。
「消す、消すのよこんな町!私をこき使うこんな醜い町!!!」
朱音は鉤爪を振りかぶり、ミヤビを消そうとする。
(くっそ…ここまでか?)
思わず目を閉じる。『消す』ということが、『殺す』ではないことを祈って、覚悟を決めようとする。
バシュッ
空っぽの空間で、空を切る音がした。
「ぐぁっ………」
朱音は苦しみながら倒れ、徐々に意識を失ってゆく。そのままパタリと倒れ、人間の姿に戻った。…息はある。
「…ミヤビ。お疲れ。」
真っ白な髪と肌、青い瞳を隠すサングラス。
銃を抱えたアルビノの少年が、そこにいた。
「クウトー!ナイスタイミング!!」
彼は『
「その子、大丈夫?」
「おう!息はある。あとは目ぇ覚ますまでそっとしときゃ…」
キーーーン
と、辺りが光り輝く。
彼女が消して回っていたものが、どかっと現れた。
空っぽだった空間は、元のごちゃごちゃした楽しい空間へと戻る。
「あれ?」
「なんか一瞬、怖い夢見た気がする…」
「気のせいじゃろ?」
時間差で、消されていた人間も、元に戻ってゆく。
「って、人倒れてね?!救急車ー!!」
倒れていた朱音は、コスメ売り場の派手な女性に発見され、周囲はパニックになっていた。
「この場はあのギャルにまかせて…行くぞクウト。モモモとキイタとも合流するけぇ。」
「…いいの?」
「ああ、聞き込みは後でええわ。俺も疲れたし。」
クウトは目をパチパチしている。アルビノである彼は、元々視覚が優れていない。
そのぶん聴力が良いようで、賑やかな人混みが苦手だ。このままアロンソにいたらぶっ倒れかねない。ここは一旦引くのが正解だろう。
「あ、チャカ隠しいよ?玩具っぽい見た目じゃけぇ、バレんと思うけど。」
子どもの玩具のような、可愛らしい
これはクウトが開発した、『怪物を人間に戻す銃』。
その仕組みは至って単純。
怪物の皮膚を突き刺す針を使った、"麻酔銃"だ。
どうやら怪物は、眠ると人間に戻るらしい。
今のところ、一度怪物になった人間が、再び怪物になる姿は確認していない。
「てか麻酔銃、ミヤビが持ち歩いてよ。」
「職質されてそれが出てきたら困るけぇのぉ。」
「…職質されないでよ。」
「ミヤビ!クウトー!こっちー!」
アロンソを出ると、モモモとキイタが待っていた。
「町の人達も元に戻ったみたいじゃ。みんな無事でよかった…」
モモモは、ほっとした様子でミヤビを見つめる。
「お前らも、クウトに連絡ありがとぉな」
「てかオレ、今回何もしとらんな!ワハハ!」
キイタはケラケラ笑っている。彼の底知らずの明るさは、一体何処から来るのだろうか。
「とりあえず、基地に帰るで。状況を伝える。」
「「「了解!」」」
怪事件を解決して回る、歪な4人組。
…後に、彼らを含む6人は、『ヒーロー』と呼ばれるようになる。
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