HERO・SHIMA〜ネオ仁侠〜

朝星りゃう

第1話・ここは赤ノ町

トランプの形をしたオブジェクトの周りに、煙草の吸い殻が落ちている。

青空に照らされた階段にはヤンチャそうな若者達が屯い、昼間から酔いつぶれた男を見て笑っている。

市内のファンシーな公園なのにも関わらず、ここはどうだか治安が悪い。


ここは平和と物騒の町、『あかまち』。


そんな赤ノ町にある、小綺麗なカフェテリアは、お昼時ということもあり、今日も賑わっている。


「今度ワンダー・ガーデンにあの人来るんじゃろ?ほら、最近夕方のニュースに出とった…」

「あー、歌手見習いの子じゃろ?確か…朱音あかねちゃんだっけ?可愛いよなぁ、このまま売れりゃ、やっぱひがしまちに出るんかのぉ?」


ワンダー・ガーデン。治安こそ悪いが、屋外ステージがあるので、よく小規模なイベントが行われる。

そういう時だけは名前の通り、ワクワクする夢の場所へと変わる。


(全く。この町ってのは、変わらんのぉ。)

隣席から聞こえてくる会話に耳を傾けながら、一人カウンター席に座る青年がいた。

真っ赤な瞳をコーヒーに映し、一口。


「ぶっっ…けほ…」

どうやら、砂糖を入れ忘れたらしい。


「お客様、大丈夫ですか?」

「…ああ、ちょっと気管に入っただけじゃけぇ…すみません。」


この冴えない格好つけ男は、『紅葉こうようミヤビ』。24歳。


(俺としたことが…いや、気にするな。些細なことじゃ。)

調子を取り戻し、砂糖をかき混ぜる。なんならミルクまで入れて、大人のブラック・コーヒーは、すっかり甘いカフェ・オレになった。


(うん、コーヒーはやっぱりこれに限る。)


「ところでさぁ、知っとる?最近の怪事件。」

「ああ、ニュースでやりよった。死人まで出とるのに、全部原因不明なのが怖いのぉ…」

「それがな、最近の怪事件は全部『紅葉組こうようぐみ』の仕業じゃないんかって噂がたっとんよ」


「ブッッ?!げほっっっカハっ…」

突然聞き慣れた言葉が聞こえ、甘いコーヒーを吹き出す。

「お客様?!」


ああ、今日は本当に格好がつかない。

「…すみません。ご馳走さんでした。美味しかったです。」


逃げるように店を出て、人の少ない路地へ歩く。

(紅葉組が、怪事件の犯人…?)


自分と同じ名をした、反社組織。いわゆる極道。

それもそのはず。何を隠そう、紅葉ミヤビは、紅葉組の若頭


というのも、紅葉組は4年前、組長夫妻…ミヤビの両親が殺害される事件が起きた。元々家嫌いだったミヤビは、後を継ぐことなく、残った者を解散させたのだ。


(今、紅葉組を名乗る奴らはおらんはずじゃ。それが何で、今更…)


ピロロロンピロン。

人気のない路地で、スマホの着信が鳴り響く。

「あーもう、こんな時になんじゃ…」


スマホに映っていたのは、良く知った名前。

良く知っているとはいえ、女の子の電話にはツーコール以内に出る。それがミヤビのしょうもない流儀。


「どしたん『モモモ』?」

『ミヤビにい!"怪人"が出た!』


「キャーーー!」

突然、悲鳴が聞こえてくる。

それも電話越しではなく、先程までいたカフェがある…ワンダー・ガーデンの方角からだ。


「…OK。状況は理解した。ちょっと待っとき。」



ワンダー・ガーデンに辿り着くと、先程まで階段に座っていた若者や酔いつぶれの男、さらには通行人達まで、一人残らず姿を消していた。

その異様な光景に、ミヤビは「またか…」と呟く。


「ミヤビ兄!」

「モモモ!無事か?」


ミヤビの元に駆け寄ってきた、桃色の瞳をした、小柄な高校生くらいの少女。

彼女は『脱兎だっとモモモ』。17歳。紅葉組時代からの"仲間"だ。


「私は無事じゃけど、また、町の人が…」

「ああ、こりゃ、前よりずっと悲惨じゃな。」


最近巷を騒がせている『怪事件』の一つ、連続失踪事件。

人が消える瞬間を見たものは誰もおらず、証拠が一つも出てこない、文字通りの怪事件。

しかし、ここまで多人数が消えるのは、今回が初めてであった。


「で、"怪人"は何処行ったん?」

「アロンソの中!」


『アロンソ・キハーノ』。ワンダー・ガーデンの直ぐ側にある、格安で人気の大型チェーン店。


「ミヤビー!モモモー!待たせたー!」

黄色い瞳をした大学生くらいの男が、大声で駆けつける。


「キイタ!」

彼は『星加ほしかキイタ』。18歳。彼もまた、ミヤビの"仲間"だ。


「"怪人"はアロンソに入ったらしい。俺は上の階から回るけぇ、キイタとモモモは一階の捜索を頼む!」

「了解リーダー!」


リーダー、なんて呼んでくれるのは、キイタぐらいのものだ。悪い気はしない。


「ミヤビ兄も、気を付けてな!」

「おう!」


アロンソの中も、人一人いなくなっていた。

これでもか、というぐらい敷き詰められた商品棚や、独特な値段札。異国で流行ったグミに、見たことないボードゲーム…普段は人で賑わっているから楽しい場所だが、人一人いないとなると、少々不気味だ。


(物が多くて、視界が悪いのぉ…いや、それが狙いか…?)

気配を殺し、相手にバレないように探索する。


ガザっ

商品棚の裏側で、物音がした。


「そこじゃあ!」

物音の場所へ、咄嗟に回り込む。

「…!?」

そこには、鴉の仮面をつけた、髪の長い女性がいた。


怪事件の現場に現れる、仮面をつけた正体不明の人間。その姿は男であったり、女であったり、バラバラだ。

そんな仮面の人間は、オペラ座の怪人からとって、いつしか"怪人かいじん"と呼ばれるようになった。…が、実際にその姿を見たものはおらず、都市伝説とかしていた。…ミヤビ達を除いて。


女性が驚いている隙に、腕をつかむ。普段なら女性相手にそんなことはしないが、相手は怪人。捕まえることが優先だ。


「見つけたぜ怪人?大人しく仮面はずせぇ!」

「きゃっ…」


容赦なく仮面を剥がす。

仮面の下から現れたのは、整った顔の黒髪美人。

ミヤビは、その顔に覚えが合った。


「あんたもしかして…朱音?」


『歌手見習いの朱音あかね』。つい先程カフェで耳にしたばかりの、最近赤ノ町で話題のご当地アイドル。


「っ…あんた誰よ?なんで消えてないの?」

「別に名乗るほどの者でもない。…やっぱり、あんたが町の人を消したんか?」


怪人は、どういうわけだか、人知を超えた力を持っている。

現実とは思えない、SFじみた力。

それなのに都市伝説止まりで話題になっていないのは、ミヤビ達が"隠している"から。


「…そうよ。私が消した。」

「それは、何故?」

「なんだっていいでしょう!」


朱音は人離れした力でミヤビの腕を引き離す。

みるみるうちに、美しい女性は、おぞましい怪物へと変わっていく。


「っと…こりゃまずいのぉ…」


怪人は、"怪物かいぶつ"になる。

初めてこの光景を見た時はショックを受けたが、今となっては、慣れたもの。

というのも、怪物を元に戻す方法を、ミヤビは知っていた。


『モモモ、キイタ。怪人発見。怪物になったけぇ上がってくんなよ。連絡よろしく!』


怪物から逃げながら、電話をかける。

焦りは禁物。

こっちは生身の人間。油断すると命を亡くす。


「全く…怪物がおるんじゃけぇ、ヒーローに変身できてもええじゃろうが!!」


どれだけSFじみた状況でも、特撮ドラマのようにはいかないらしい。


「消す消す消す!!みんな、いなくなれ!!!」


怪物になった朱音の鉤爪に触れた物が、次々とゆく。

ごちゃごちゃしていた店内は、あっという間に空っぽになる。

どうやらこれが、怪物・朱音の能力らしい。


「エグい力じゃのぉ?!」

必死に階段を下り、逃げる。その後を朱音が追いかけ、店内はどんどん空っぽになってゆく。


「落ち着きんさい朱音さん!!あんた歌手見習いなんじゃろ?人を消したらお客がおらんくなるで!」


どうにか説得しようとするが、彼女の暴走は止まらない。それどころか逆上して、動きが速くなってゆく。


「消す、消すのよこんな町!私をこき使うこんな醜い町!!!」


朱音は鉤爪を振りかぶり、ミヤビを消そうとする。

(くっそ…ここまでか?)


思わず目を閉じる。『消す』ということが、『殺す』ではないことを祈って、覚悟を決めようとする。


バシュッ


空っぽの空間で、空を切る音がした。

「ぐぁっ………」

朱音は苦しみながら倒れ、徐々に意識を失ってゆく。そのままパタリと倒れ、人間の姿に戻った。…息はある。


「…ミヤビ。お疲れ。」

真っ白な髪と肌、青い瞳を隠すサングラス。

銃を抱えたアルビノの少年が、そこにいた。


「クウトー!ナイスタイミング!!」


彼は『水都みずみやクウト』。15歳。ミヤビの仲間であり、"養子"である。


「その子、大丈夫?」

「おう!息はある。あとは目ぇ覚ますまでそっとしときゃ…」


キーーーン

と、辺りが光り輝く。

彼女が消して回っていたものが、どかっと現れた。

空っぽだった空間は、元のごちゃごちゃした楽しい空間へと戻る。


「あれ?」

「なんか一瞬、怖い夢見た気がする…」

「気のせいじゃろ?」


時間差で、消されていた人間も、元に戻ってゆく。


「って、人倒れてね?!救急車ー!!」

倒れていた朱音は、コスメ売り場の派手な女性に発見され、周囲はパニックになっていた。


「この場はあのギャルにまかせて…行くぞクウト。モモモとキイタとも合流するけぇ。」


「…いいの?」

「ああ、聞き込みは後でええわ。俺も疲れたし。」


クウトは目をパチパチしている。アルビノである彼は、元々視覚が優れていない。

そのぶん聴力が良いようで、賑やかな人混みが苦手だ。このままアロンソにいたらぶっ倒れかねない。ここは一旦引くのが正解だろう。


「あ、チャカ隠しいよ?玩具っぽい見た目じゃけぇ、バレんと思うけど。」


子どもの玩具のような、可愛らしいチャカ

これはクウトが開発した、『怪物を人間に戻す銃』。

その仕組みは至って単純。

怪物の皮膚を突き刺す針を使った、"麻酔銃"だ。


どうやら怪物は、眠ると人間に戻るらしい。

今のところ、一度怪物になった人間が、再び怪物になる姿は確認していない。


「てか麻酔銃、ミヤビが持ち歩いてよ。」

「職質されてそれが出てきたら困るけぇのぉ。」

「…職質されないでよ。」



「ミヤビ!クウトー!こっちー!」

アロンソを出ると、モモモとキイタが待っていた。


「町の人達も元に戻ったみたいじゃ。みんな無事でよかった…」

モモモは、ほっとした様子でミヤビを見つめる。


「お前らも、クウトに連絡ありがとぉな」

「てかオレ、今回何もしとらんな!ワハハ!」


キイタはケラケラ笑っている。彼の底知らずの明るさは、一体何処から来るのだろうか。


「とりあえず、基地に帰るで。状況を伝える。」

「「「了解!」」」


怪事件を解決して回る、歪な4人組。

…後に、彼らを含む6人は、『ヒーロー』と呼ばれるようになる。

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