第46話 一発の銃弾
もう、ほとんどやっていることは自棄に近かった。
しかし、ただ何も出来ずに倒れ込んでいる、そんなことだけは許せなかった。
ほぼなくなっている指先の感覚。ぼやける視界。そんな状態での射撃など、冷静になってしまえば当たるはずもないだろう。
それに、もし誤射などしてしまえば、それこそ取返しのつかないことになる。
ただ、今の白川小春に、そんな冷静なことを考えている暇などなかった。
何より、このたった一発の銃弾で、すべてを解決することが出来る、そんな確信が、彼女の胸の中にはあったのだ。
この時間は、まるで一秒が永遠のように引き延ばされるように、ゆっくりと過ぎていった。
この先に決まった未来などない。あるのは、銃撃が『成功した未来』と、『失敗した未来』、その2つだ。
銃から放たれた一発の銃弾は、近くにいた広夢の身体を掠め、そして。
新島由良の肉体を、貫いた。
まさか後ろから銃弾が飛んでくるなど想像していなかったのだろう。反応して声すらも出せずに、由良はその場に倒れ込む。
「なぁ……これ、アンタがやったのか……?」
「へ。えへっ……私…やったよ……」
振り返り、疑問符を浮かべる広夢に、小春は弱弱しく笑って答えた。
「…いや、マジであの傷で倒れて……銃なんか、撃てたのか……?」
「何で、だろう……?わかんない……あっ……!それより、紬さんも傷だらけだ……!早く診てもらわないと……!」
ああやって立ち上がり、銃弾を素早く的確に撃ち込んだ人間とは思えないほどに、よく知る『白川小春』の姿。
ほぼそのままでしかないのが、逆に広夢にとっては、強い違和感として映った。
「はぁ……っ!まったく、あんまり運動得意じゃないってのに、こんな走らせるなんて新島さんって人は鬼ですか……!はぁ……?終わったん、ですか…?」
中川京太郎は、そう愚痴を言いながら、焼け跡が残る路地へと駆けこんでいた。
そこには、倒れ込んだ新島由良の姿と、立ち尽くす広夢の姿。
それは間違いなく、戦いが終わったことを意味しているのだろう。
「お前ももうちょっと運動不足解消したらどーなん?」
「あのですね私はそもそも生まれつき肉体労働はあまり得意ではなく…もう一度確認させたいただきます。終わったんですよね?」
「あー、終わったよ。そこのやつが終わらせた。オレにも全く状況わかんね」
「なるほど…彼女が。俄かには信じられない話ですが、って皆さんひどい怪我ですね。とりあえず『修繕』で治せるところまでは治しますが、念のため皆さん病院に行ってくださいね?」
「ああ。あとこの人、どうする?目覚ましたらその瞬間この近辺燃やしてくるかもしんねえし、一旦通報して放置か?」
「それが正着でしょうね。あと連絡については遠藤さんの方にしておきましょう。彼なら事情知ってますから。とりあえず……」
「はぁ、これから忙しくなりそうですね」
戦いは終わった。だが、異能力対策課にとっての『戦い』は、ある意味これからなのかもしれない。そう思わせる決着だった。
「いい加減諦めた方がいいんじゃないのか?年長者から特別に教えてやろう。人間時々諦めも肝心だ」
「ハァ……なるほど確かに由良さんそっくりなわけだ……お前…オレたちの仲間にならないか?今なら『家族』として迎えてやっても…」
「だから断ると言ってるだろうが!!」
対峙する二人は、もう既に両者ともにかなりの手傷を負っていた。
芳樹の方は、全身に手傷を負い、今すぐにでも片膝をついて倒れ込みそうな様相で。
華月の方も、いくら傷が治ると言っても、その速度がだんだんと遅くなっている。もう、互いに戦える限界はもう近いだろう。
「すぐ諦める人間は成長しないというが、合わない場所で得られる成長は成長ではない。荒れた土では花は咲かない。僕からすれば、君の方がむしろ由良の元を巣立ってほしいくらいだがね」
「由良さんは…俺にとって唯一の『家族』なんだ。それを否定されちゃ困るな!!」
「親離れくらいしろよ。君もいい歳だろう?」
いつの間にやら、二人とも武器を取ることもなく、お互いに会話を始めていた。ほぼ一方通行ではあったが、通じるものがあったのか、華月の方は妙に波長が合うような気がしていた。
「親子はいつになっても親子なんだよ…アンタだって親くらいいただろう?なぁ?」
「由良から聞いてないのか。僕の親は20年以上前に死んだよ。2人とも遅い時分の子でね。僕が生まれた時にはもう両親ともに40を過ぎていた。父が死んだと思ったら母もぽっくり逝ってしまってね。既に70近かった。…まあ、今でも親とは思っているがね」
「新島華月って言ったか。アンタは母親に今でも縋りたいと思ったことはないのか?」
「そりゃ勿論あるさ。ただ、こんな歳になってしまって表向き言えるもんじゃないがね。というか、君は由良じゃない、本当の『親』がいるんじゃないか?」
「あんなもんは…あんなのは『親』じゃない!言うこと聞かなかったらオレのこと叩いて、いっぱい悪口も浴びせてきた!あんなやつ『親』じゃないんだ!」
「……そうか」
青年はまるで、幼い子供のように泣きじゃくっていた。
その様子を、ただ華月は見守ってやるしかなかった。
「そんなやつらからの支配を!解放してくれたのが由良さんなんだ!だから、俺はあの人がほんとの『母親』なんだと思ったんだ!」
「なぁ……新島華月」
「どうしようもないとこにいた俺がさ、救い求めちゃいけないかよ?」
その言葉は最早、懇願に近かった。きっと、藁も縋る想いで縋った藁が、たまたま由良という存在だったのだろう。
華月はそう思うことにした。
「さあな。ただ、人間が選ぶ選択肢に絶対の正解も不正解もない。それだけは覚えとけ」
そう言い放った直後、華月のデバイスに連絡が入る。どうやら通話のようだ。
『もしもし、そっちの様子はどうだ?』
『あー、その様子だと交戦中じゃないみたいですね。こっちはもう終わりました。新島由良はそのまま捕まって、あとは全員修繕の能力で少し治してから病院に送ってます』
『なるほど、それなら全員無事そうか』
『あなたの方も無事でよかったです。一体何してんのかなと思ったんで。そんじゃ、こっちも色々あるんで切りますね』
電話を切った後、改めて華月は由良の方へと振り返る。
「どうやら僕の有能な部下と協力者が上手く仕事してくれたみたいでな。君の母親、負けたぞ」
その報告に、新島芳樹は小さく俯いた後、何も言わなかった。
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