第45話 凶器

宮澤芳樹。中川の記憶では、彼は大人しいながらも、正義感に溢れた人物だったはずだ。

あまりに雰囲気が変わっていたので、当初その男が芳樹だと、気づくことが出来なかった。

目をギラギラとさせ、刃物を振り回し人の身体を傷付けることに躊躇のないその様子は、最早中川の知る宮澤芳樹とは、まるで別人だった。

見たところの印象では、新島由良なる人物に洗脳でもされたのだろうか?としか思えない、変容のしようだった。


「一つ聞こう。宮澤芳樹。いや…新島芳樹。久遠寺奏を襲撃したのはお前か?」

「ああ…昨夜襲撃した女なら……そうだよ」

てっきりしらばっくれるのだろうと踏んでいた華月は、思った以上に早い回答に思わず拍子抜けしてしまった。

「由良さんが褒めてくれるからさぁ!でも何でその女を殺さなきゃいけないのか、全然わかんなかったんだよねぇ!」

そう語る彼の顔は、まるで母親に褒められたことを報告する幼い子供のようで、それがたまらなく華月には不気味に映った。

「君は母親に褒められるためだったら、人でも殺すのか?」


「何でもするね!ああ、どうせ傷が治らないように、念入りにやったからね!あの女の命が消えていく瞬間、とっても嬉しかったなぁ!」

新島華月は確信した。この男との対話は無意味であると。この男の見ている世界は、自分と違うものであると。

「…そうか。よーくわかった。中川君、もう行っていいぞ。彼のことは完全に理解した」

「…はぁ。わかりました」

中川は怪訝な顔をしつつも、その場を去る。

「たった少しの対話で俺のことをわかった気になってもらっちゃ困るなァ!?」

「残念だが君の倍は生きているんでね!そのくらいわかるんだよ!!」

2人の戦いの火ぶたは、切って落とされた。


同時刻。久遠寺紬もまた、新島由良へと接触していた。

「…ねぇ、小春たちやったの。あなた?教えてよ」

「これを見てもまだ大人しく質問するなんて、あなた甘いんじゃないかしら?」

こうして、まるでボロ雑巾を持ち上げるように、倒れた悠希の身体を掲げた。悠希の服はところどころ焦げ、身体にも痛々しい火傷の痕がいくつか残っていた。

「………!」

「なら、わかったでしょう?殺し合いましょう?私達は白川小春…そこに倒れている彼女さえ確保できれば何だっていいの。だったら、あなたたち全員の命の灯が消えるまで、踊り狂いましょう?」

「小春が目的!?ちょっと待って!?一体それは……」

紬がそれを言い終える前に、眼前に何かが飛来する。それが火の玉であるということに気づいた時には、もう遅かった。とっさに腕でガードはしたものの、激しい音と火花を上げながら、彼女の身体は焦げ始める。


「あなたみたいな若い子は、そうやって揺さぶりをかければすぐに何も出来なくなる。単純なものよねぇ」

由良は嗤う。傷だらけの姿になってなお、まだ彼女には余裕があった。

その声は、紬の方には聞こえていなかった。激しい音と痛みで、意識がどうにかなりそうだった。

だが、離れそうになる意識を、何とか繋ぎ留める。脳裏に、あの少女の顔を浮かべながら。

もう左腕は使い物にならないだろう。しかし、ただの焦げた肉片であるはずのそれを、紬は由良の方に向けて突き立てる。


直後、雷鳴がその場に響き渡った。

「んぐっ……!!」

激しい電撃に、由良は思わず片膝をつく。

「正直…こんな状態の左手でも才能<ギフト>を使えるかどうかわからなかった。でも…あなたに攻撃当てるなら、これしかなかった!」

賭けだった。ほぼ機能を失った肉体だとしても、そこに才能<ギフト>を使う力はあるかどうか。もし失敗したら、左腕どころか全身が犠牲になっていただろう。まさに、命を賭けたとでもいうべきか。

いずれにせよ、あれだけの電撃を浴びてしまえばしばらくは動けないだろう。紬はそっと胸を撫でおろし、小春の方へと駆け寄ろうとする。


直後、背後に大きな火柱が立った。

「しまっ……!」

自分の身長以上の火が、まるで意思を持つようにして紬の方へと襲い掛かってきたのだ。

もう、強い電撃を出すような力も残っていない。

文字通り、万事休すか……そう思われたその時、何か布のようなものが紬の眼前で、彼女の身体を守るようにして、割り込んできた。

「…もしかして……!」

「今は白川さんの方見る方優先してくれ!オレの力じゃ防ぐのが精一杯だ!!」

「はい!ありがとうございます!」

そうだ、今の自分にはまだ広夢という味方がいる。感謝を告げながら、改めてあの少女の元へと、紬は駆けた。


小春の傷はかなりひどいものだった。

身体のあちこちが焼け焦げ、衣服だっていくつか焦げ跡がある。下手したら、このまま死んでしまっていてもおかしくないような状態だった。

「小春……っ!」

「紬、さ……ん……」

紬の呼びかけに、小春は弱弱しくも返事をする。まだ、意識はあるようだ。

「ま、まだ……もしかして…誰か、戦っ、って……」

「ダメ……!そんな傷で、戦ったりなんかしたら……!」

「え、えへ……心配、してくれるんだ……」

なんとまだ、小春は立ち上がろうとしているではないか。事務所屈指の武闘派である悠希や、頭脳に優れた一哉ですら気を失って倒れているような惨状に、まだ諦めていないのだ。


背後では、何度か爆発音が聞こえる。きっとまだ、広夢と由良が戦っているのだろう。

最初に相まみえた時には身体から血を流していたというのに、由良のしぶとさも相当なものだ。もう、いい加減にしてくれと言いたくなるほどだ。


「……はる……、小春っ……!」

まだ薄れゆく意識の中で、聞こえてきたその声は、まるで女神の呼び声のようにも、聞こえた。

だが、相当長く気を失っていたのだろう。その割には、まだ背後で激しい音がする。「ま、まだ……もしかして…誰か、戦っ、って……」

「ダメ……!そんな傷で、戦ったりなんかしたら……!」

状況は未だわからない。ただ、わかるのは、自分の意識がはっきりと覚醒してきているということ、そして。

久遠寺紬が、自分の方を向いてきてくれているということ、それだけだ。


「え、えへ……心配、してくれるんだ……」

何とか、弱弱しくも笑ってみせた。それが、紬を安心させる一歩だと思ったから。

もう、身体はボロボロで、手足の感覚だってほとんどない。ただ立ち上がること、それだけで精一杯なくらい、身体に力も入らない。


しかし、それでもなお、持てる力を全て振り絞って、彼女は銃の引き金に、手をかけた。

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