第44話 『息子』
「お前、由良さんの何なんだ?由良さんそっくりの顔しやがって」
男は恨みがましい目で、倒れた華月の方を睨みつけていた。
「……っ、あなたの方こそ、一体何なんですかね?いきなり出合い頭に人を切りつけるとは、その由良さんとやらからは教えられてないのでしょうかね?」
中川は男を挑発する。と言っても、ほとんど時間稼ぎに近かった。
自分には戦闘は出来ない。ある程度の銃の扱いこそ習ってはいるものの、この男は間違いなく危険だ。男の手に持つ刃物が、ギラギラと輝くたびに、中川の肌に嫌な汗が伝った。
「……っ、はぁ。まったく礼儀のなっていないやつだ」
華月は身体に脂汗を浮かべながら、立ち上がる。袈裟斬りにされた身体からは鮮血が伝い、今にも倒れてもおかしくない程の外傷だった。
それこそ、中川の持つ『修繕』の才能<ギフト>ですら、おそらく焼け石に水にしかならないだろうと、彼は考えた。
「何を焦ってる、心配しなくてもいい。僕は『吸血鬼<ヴァンパイア>』だ。このくらいの傷は治る」
「…もう一度聞く。お前は由良さんの何なんだ」
「人に聞く前に自分から名乗れ馬鹿野郎。とはいえその様子じゃ期待するだけ無駄か?なら僕の方から名乗ろうか。僕は新島華月。新島由良の姉だよ」
不意打ちを受けてなお、華月は機を伺っていた。男の方をチラチラと観察しつつ、姿勢を正す。
「驚いたか?あいにく僕は老けない体質でね。もう気が遠くなるくらい昔から見た目が変わってないのさ。不便なことは多いが傷の治りが早いのはなかなか助かるぞ?」
「そうか……そうかぁ……」
男はそれなりに整っている顔の口の端をゆがめて、ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべる。
「ならお前を殺セバ、俺が唯一の由良さんの家族になレルんだァ!!!!」
男は叫びながら、華月の方へと突撃してきた。とっさのことで反応できず、華月は再び手傷を負ってしまう。ところどころ裏返った叫び声が、キンキンと華月の頭の中へと響く。
「由良さんって方、結婚してたんですね、知らなかったです」
「ならいいがな……!どうも僕にはそんな風には見えん」
「どういうことです?」
「まず、苗字が僕と同じだろ。確かにこの国じゃ……!夫婦が別の苗字を名乗るのは認められちゃいるがっ!基本的には子供は父親の苗字を名乗る。だから…っ!苗字が新島ってのは、その時点で妙なんだよ!」
男の繰り出す攻撃をかわしながら、華月は中川と会話を交わす。一度種が割れてしまえば、この程度は容易い。何せ男の動きはあまりにも単純で、それそのものは速いが軌道さえ見破ってしまえば、何てことはなかった。
「それに……!こいつ、由良に全く似てない!父親似なのかもしれんがな!髪の色から目の色まで何から何まで違うのは!流石に信じられん!!」
華月の言葉に、男はピクリと眉を動かし、動きを止めた。
「何か勘違いしてないか……?」
「勘違いとは何だ?ああ、お前が由良の息子じゃないかもしれないって話か?そいつは失礼した」
実のところこれはカマかけに近かった。どうせ今後も友好的な関係など築けるような相手ではないだろう。ならば、失礼など実のところ気にしていられないというのが、華月の考えだった。
だが、帰って来た回答はある意味予想通りで、しかしある意味予想を超えるものだった。
「俺と由良さんの間に血の繋がりはない!!でモッ!!俺は華月さんを誰よりも愛している家族だッ!!これは夫婦なんていうショウもない間柄でもねェっ!!!」
「ほんと…会話の通じないやつだらけで嫌になるな!!」
おそらく、彼の中には彼だけにある何か言語化できない関係性が、由良との間に築かれているのだろう。だが、攻撃してきた以上はもう華月も反撃する他なかった。
由良は懐から小さなナイフを取り出し、男の目の前で振り回す。
「このまま大人しくしてくれるのであれば、君に危害は加えない。だがそうしなかった場合は…わかるな?」
「悪いけど俺はお前に従う気はナァいッ!!!」
男はそのまま、そう答えると同時に華月の方に飛びかかって来た。華月もそれに応戦する。
「中川君。この男は僕が何とかする!それと一つだけ聞きたい!君はこの男と近い人影を目撃はしていないか!?」
華月は考えた。
むしろ、この男を自分一人で相手出来るのならば、それ程助かることはないと。
そして、それともう一つ考えがあった。
武器が刃物である。この男は久遠寺奏襲撃犯で間違いないと。だからこそ、中川からの答え次第で、それが確信に変わるような何かが得られると。
「すみません、ちょっと僕の方からもいいですか?」
「何だ!」
「この男の名前、わかります?髪とか染めてて一見わからなかったんですが、もしかしたら僕の知る人物かもしれないです」
「なんだって…!?そういうことは、もう少し早く、言えっ!」
男の攻撃を捌きながら、華月は対話を続ける。
「おい!よそ見するなって!!俺の名前ェ!?そんなことどうだっていいだろッ!!!」
その姿勢が、男をイラつかせたのか、彼は顔を歪ませて吼えた。
「弱い犬ほどよく吼える、か。まさに君は由良の犬ってわけだ」
「馬鹿に…しやがってェェェェッ!!!!」
華月の方の心も、イラつきのようなもので燃え上がり始めていた。
こんな男にあの紬の姉がやられたのかと。しかも、集中治療室行きな程の重傷を負って。
もしかして隠し玉のようなものでもあるのかと探ってみたが、そんな様子もない。
「答えてくれそうにもないですね……」
「ああ、きっと君の勘違いか何かじゃあないか?そういうバイアスでもかかったのかもしれないだろう」
実のところ、中川の認識の方が誤っているのかもしれないという可能性は、否定できずにいた。
それに、男の攻撃を捌きながらこれに答えている以上、これ以上中川との問答に思考を割いている余裕など、なかった。
「宮澤芳樹。これが僕の記憶している彼と似た人物の記憶なんですけど、彼……僕の警察学校での同級生でした」
「何だ…!?お前思いっきり知り合いじゃないか!」
それと同時に男…宮澤芳樹の動きが止まる。
「中川京太郎。あー。そうか。お前そうか。あまりにどうでもいいやつだったんで忘れちまってたよ。そうだよ、俺が宮澤芳樹だ。そして……」
「そんな名前は捨てた。今の俺は……『新島芳樹』だ!忘れんじゃねえ!!」
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