第47話 始まりの終わり
新島由良、新島芳樹との戦いから1か月。
厳しい猛暑も少しずつ和らぎ始め、『CRONUS』もそれなりに平和な生活を送り始めている時に、ある報告が舞い込んできた。
今ではすっかりほぼ使われない代物であるポストに、一つの手紙が入ってきていたのだ。
「……何ですかこれ?」
「手紙とか一体どこの爺さん婆さんがそんなことやったの。華月さん、そういう知り合いでもいるの?」
「おい一哉。ジジババだと思った途端僕宛てだと決めつけるんじゃない。実際僕にもこんなアナログなことする知り合いに心当たりはない」
「そーだぞカズー!華月さんはまだ50手前なんだからそんなこと言っちゃ失礼だぞー!」
「お前も失礼だぞ悠ー希ー?僕だから許してるが僕じゃなかったら怒られる所だぞ?」
軽く顔に青筋を立てながら、華月はその手紙を開く。そこには、異能力対策課から『久遠寺奏が退院した』という報告が書かれていた。
「あ、奏さん…退院したんだ」
「そっか……良かった。正直、最初面会に行ったときは、もうほんとに助からないと思ってたから……」
「あんな仲悪い姉なのに、面会なんて行ってたの?」
「仲悪いと言っても家族は家族だからね。それに、この間の件でちょっとは心開いてるかな、って期待はしてたから。でも…あんな青白い顔で寝てた姉さんが、そっか……」
嬉しそうな紬の横顔を見て、それを見ていた小春も、自分のことのように少し嬉しくなった。
あれから、紬は何度も奏の様子を見に行っていた。
顔を合わせればほぼ常に悪態をついてくるであろう姉が、生気を感じない顔で横たわっているのを見た時は、思わず涙が零れたものだった。
中川の才能<ギフト>で少し回復を早めたとはいえ、いつ治るのかわからないほどの重傷だったのだ。
「あれ?ツムツムもしかして泣いてる?」
「…うん。やっぱり、大切な家族だからね。本当に、生きてくれてよかったと思う」
「そうだな。仮に袂を分かつことがあったとしても、生きていることを願うしかない」
そう言う華月の表情は、沈んでいるようにも、逆に少しほっとしているようにも、小春には見えた。
何せ、自分の妹があのようなことをしていたのだ。
小春の新島由良への思いは、とても複雑なものだ。自分の両親の仇であり、そして自分の上司の大切な肉親。
しかし、小春は何故か由良に対しての復讐心のようなものは、なかった。
そんなことをしても両親が帰って来るわけがないと、自分の寂しさのようなものが埋まるはずはないと、おそらくは本能のようなもので理解しているのだろうか。それは、彼女自身にもまだ、答えが出せるものではなかった。
「生きていなければ、何か想いを伝えることも、もう出来なくなっちゃうからなぁ」
「…そうだな。何にせよ、今回は無事に解決できてよかった。犠牲者も出すことなく、君たちの火傷の後遺症も少々痕が残る程度で済んだ。完全解決だな」
火傷の痕が軽症で済んだのは、本当に幸運だった。同時に、炎というものの恐ろしさを、小春たちは身をもって思い知ることとなった。
特に一哉は傷が重く、中川による治療がなければ、二度と両腕が使えなくなったとしてもおかしくない程だったという。
「ほんと…今回はすごく助けられちゃったね。できれば…自分たちだけで解決したかったけど」
「そうだね、今回もまた助けられてしまった。多分オレたちだけだと皆死んでたと思う。それに……」
「今回ばかりは、白川さんの予知に助けられた部分もだいぶある」
「そうかな?私、今回あんまり役に立ってなかったような……」
「いやいや、最後ああやって立ち上がってくれて、ほんとによかったよ。もしあれがなければ、私も由良さんには勝てなかったと思うから」
「それに、役に立たなかった人なんていなかったとオレは思うよ!それにさ、こういう反省会するよりもまず、今回は良かったな~!って終われば、それでいんじゃない?」
小春は何だか、胸の奥が暖かくなるような気分だった。気づけば、一人だった自分に、ようやくこうして隣で笑える人が出来たのだ。
そして同時に、小春の胸に、ある小さな炎のような心が、燃え上がり始めていた。
「私、絶対今回みたいなことがまたあったとしても、ここを守ろう、って思ったよ。ダメそうなことがあったらまた協力してもらって…それでもダメなら……何とか頑張る!」
「いい意気だ。やっぱり、若いやつがやる気だと僕としても嬉しい。時代を作るのは、いつだって年寄りじゃなく若者であるべきだな。ま、僕は年寄りという程ではないがな」
強調するような言い方に、思わず誰も反論が出来なかった。こういう時の華月は、下手につつくと藪から蛇が出ると、ほぼ全員がわかっているのだった。
数日後。
拘置所にて、2人の姉妹が顔を突き合わせていた。こうして顔を合わせるのは、20年以上ぶりのことだった。
「あら、わざわざ会いに来てくれるだなんて、案外優しいところもあるじゃない?」
「そりゃ家族だからな。僕だってそこまで薄情ではない。それにしても随分大人しくなったものだな。お得意の炎も使えないんじゃ、そうもなるか?」
面会中の由良の腕には、才能<ギフト>の発動を抑える腕輪がつけられている。今の由良には、おそらく小火程度の火しか出せないだろう。
「まさか、姉さんもしかして私を笑いに来たのかしら?そうね、ふふっ。あなたよりも随分と優秀だった妹が、こうも堕ちたのだものね」
「…その側面も無くはないが、由良。僕はお前が僕より優秀だと思ったことは一度もない」
「驕ったものね」
「お前もそんなものだろう」
言葉だけ聞けば、今すぐにでも殺し合いを始めかねないような険悪な空気だ。しかし、それとは裏腹に、2人は。笑っていた。
「うっふっふ…やっぱり私達似たもの同士みたいねぇ」
「はっはっは!実に心外だよ!!」
「ところで……あの子。白川小春…とか言ったかしら?」
由良が突如、表情を変える。いやに真剣な顔の由良に、思わず華月も警戒態勢を取る。
「ああ。小春クンがどうした?」
「『イクス・ホルダー』。そう呼称される、運命を変える才能<ギフト>。そのうちの1つが、彼女に宿っているかもしれない…なんて話を、聞いたのよね」
「お前……!どうして彼女を狙った!」
「うふふ。意地悪な姉さんには教えてあげない。でも、ひとつだけヒントを教えてあげる。『私達』には、その力がどうしても必要なの。だから……」
「残念だけど、平和な日々なんてもうあなたたちには、来ないのよ?ふふふ…」
妖しく笑う由良のその心を、華月が読み取ることは、出来なかった。
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