第36話 共闘

張り詰めていた空気がだんだんと緩み始めたところに、事務所のインターフォンが鳴る。

再び、部屋の中には緊張感が走り始めた。

「僕が応対してくるので、君たちは待っていてくれ」

華月が飛び出すようにして、インターフォンの奥の客への応対を始める。


「…で、お客人というのはあなたたちで間違いないのでしょうか?」

「ええ。あなたたちに依頼をしようかなと」

ドアを開けた先にいたのは、男性が2人。華月より頭一つ分以上背の高い男…中川と、もう一人は茶色の髪を頭の後ろで結んでいる、中川よりは少し背の低い男性だ。

「あなたは確か異能力対策課の中川京太郎さん、でしたね?そちらの方には見覚えがないのですが」

「ああ、メイク無しだとわかりにくいですかね?相良広夢です」

「何だ、相良君か。…堅苦しいのは無しにしようか。何せ一度一緒に戦った身。仕事を請けるという立場ではあるが、いつも通りで応対させてもらおう。とりあえず、上がるといい」

いつもの調子で客人2人を事務所へ上げ、ようやく彼らの"仕事"が始まることとなった。


「はい、こちらお茶です。それで、本日はどのような要件でこちらに?」

「嫌ですねぇ紬さん。わかっている癖に。あくまでこちらは客人という形とはいえ、もう知っている仲でしょうに」

「形式というものがありますので」

出された茶を飲みながら、広夢が奇妙そうな目線を紬の方へと向け、話を始める。

「まず、うちの奏さんが入院された、というのは。白川さんと紬さんの方は知ってるよね?」

「えっ、ツムツムのお姉さん入院したの!?何!?病気!?」

「…それはオレも意外だなって思ったけど、悠希。口挟まない」

「わかってるってー。でも気になるじゃーん」

不満げに口をとがらせる悠希を、一哉が制止する。それを気にも留めず、広夢は続ける。


「何とか一命をとりとめたとはいえ、明らかに外傷から殺人事件の方向で捜査が進んでる。それで、ここからが問題でねぇ」

「問題…というと、まさか捜査を止められでもしたのか?」

「そのとーり。いやー所長さんは話が早いね。身内が関わる事件の捜査はするな、ってね。そんで異能力対策課は関与できなくなっちまったわけ」

「でもそれってちょっと変じゃないですか?」

紬が思い立ったように、口を挟み始める。

「チームの仲間がやられたとならば、むしろその仲間のために動くべきだと思うんですけれど…」

「それがどうも違うらしくてね。ま、どっちにしろ結構不自然な形で捜査止められてるから、君たちに代わりに依頼したってワケ」


「はい!あの…それはわかったんですけど、だとしたら外部に色々情報とか漏らしちゃうのは、よりリスクが高いような気が……」

「白川さん、抜けてるように見えて意外と鋭いね。今回の場合はそういうリスクはある。だから、この依頼は異能力対策課としてではなく、中川京太郎、相良広夢個人としての依頼って形になる。勿論それでもアウトな可能性はあるけどね」

探偵という職業は、本来どちらかといえばグレーな職業であるとも言える。そういう人間に対して情報を流すのは、彼らの信頼を落としかねない行為だ。

「広夢さん、もうちょっと本題に移った方がいいんじゃないです?このままだと話進まないです」

「ああ。そうだったそうだった。で、オレは一つ考えてる仮説がある」


「それについて先に口にしてもいいか?」

「構わないよ。察しがついたなら話は早いしね」

「ずばり僕はこう考える。警察関係者が容疑者なのかもしれないとな」

「えっと…それってつまり…警察の人が仲間を襲ったってことです…よね?」

華月の口をついて出た予想に、事務所中の空気が凍り付く。市民の安全を守るはずの警察が、しかも同じ警察である奏を襲撃し、瀕死の重傷を負わせたというのだ。

「にわかには信じがたい状況です。ですが起きているのが殺人未遂事件、その上こっちの捜査は止められている。となっては、外部であるあなたたちの力を借りるしかない。まさにこちらからしたら猫の手も借りたいという状況なわけです」

「依頼をしてきた身で人を猫の手扱いとはいい度胸だが、いずれにせよ紬もこの件には心を痛めている。そうだろう紬?」


「…はい。私にとっては身内なので。しかも、あまり仲も良くないうちにもしお別れが来た、なんてことになったら。私は一生後悔すると思っています。だから、私はこの依頼、受けたいと思っています」

「それなら都合が良い。前金ならこちらにありますが…」

「ちょっと待って」

口を開いたのは一哉だった。その声からは、怒りのようなものがにじみ出ていた。

「それはちょっとそっちに都合が良すぎない?しかもその言い方、紬さんのそういう感情を利用しようとしてるよね?体よく仲間の捜査を押し付けて、自分たちは楽したいだけじゃないの?」

「ちょっと一哉…言いすぎ」

「言いすぎじゃない。この際だからはっきり言う。オレたちは利用されようとしてんだよ。それを黙ってはいそうですとは言えないね」


「あんまり気にしないでください。一哉は…元々疑り深いところがありまして」

「いや、そっちの少年の言うことも一理ある。とはいえ、正当な報酬を払って仕事の依頼をしようとしているところに、そんなこと言われても困るけどね」

「……っ」

声を低くした広夢に、一哉は思わず引き下がる。自分の言うことが正論ではないと、思い知らされてしまったのだろうか。

「オレたちにはまだ、小春さんの見た"予知"の問題があるっていうのに……」

「…ちょっと待ってください、その予知とは?」

「事務所が燃やされる、自分たちが殺されてしまうって予知です。あなたたちには、あまり関係がないかもしれませんが……」

小さな声で答えた紬を見て、中川は表情を変えた。


「なるほど。そういう大変な状況の時に声をかけてしまったわけですか」

「そういうわけだ。あいにくこちらもその対処に忙しい。一哉、君はそのことに憤っているということだろう?」

「はい。そうです……」

「ならこれはどうでしょう?」

中川が両手を叩き、すべての視線が彼の方へと集まる。

「その件、私達にも協力させてはくれませんか?あくまで個人で勝手に協力するという形です」

「…いいんですか?」

「勿論。それにずっと協力関係を結べるであろう団体のピンチとあっては、私達にも動く理由があります」


中川の提案に、「CRONUS」の面々はずっと迷っていた。

以前、協力関係を結んできたときから、彼らの言動には自分たちを見下してきているようなものがあるのは事実だ。

決して、関係は良いものとは言えない。

事務所には沈黙が訪れ、時々うーんと唸るような声だけが、散発的に部屋の中へと響く、そんな時間がずっと続いた。


その静寂を破ったのは、小春だった。

「ねえ、協力してもらおうよ。私はその方がいいと思う」

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