第33話 動き出す事態

「久遠寺奏襲撃犯の捜索について、あなた方に正式に依頼をしたい」

中川はそう口を開いた。

「勿論、すぐに請けてくださらなくても結構です。悩む時間などあるでしょうし、今所長は不在でしょう?」

「はい。勿論、今の段階でお請けすることは出来ないです。所長だけでなく、九条君や朝賀君の了承も得る必要がありますから。でしたら、明日事務所まで直接来てはもらえないでしょうか?」

「一応理由をお聞かせ願いしても良いでしょうか?」

「察してるでしょうに。まず所長に直接話を通すということ。そして、私達探偵事務所の職員全員の了承を得ること。それから……これは知らないわけはないでしょう。人を動かすということは、それなりにお金もいります」

「なるほど。了解しました。それだけ聞ければ私は後は、治療の経過を聞くだけです。もっとも…今すぐにわかるものでもないかもしれませんが」

「そっか…」

思えば、元々はここにこんな取引をするために来たわけではない。何より、ここは病院だ。小春はここが話をする場所としても相応しくないんじゃないかと言おうと思ったが、その前に話がまとまった様子なのを見て、ほっと胸をなでおろす。


「私もここで待つことにするよ。小春はどうする?流石に一人で帰るのは危ないよね?」

「じゃあ、一緒にいることにする」

「そうした方がいい。もう、道も暗いしね」

どのみち誰かに襲われるとしても、自分には未来予知の能力がある。だから、普通の人よりは安全なはずだ。

だとしても、やっぱり夜道で何かがあると怖い。それに、『死ぬほど』ではない程度のトラブルに遭遇する可能性だってある。

…などと小春は、頭の中で理由をこじつけてみる。だが、それでも本当の理由は、ただ紬と一緒にいたいだけ。ただそれだけなのだ。


それぞれ、会話をすることもなく1時間以上。時々お手洗いに行ったり、自販機に飲み物を買いに行ったりはしたものの、それでも誤魔化しきれない程の永遠に思えるような時間が、流れた。

実際、待っていられなかったのか、広夢の方は20分くらいでもう帰り始めていた。

一体いつまで待てばいいのだろうか。全員が不安で押しつぶされそうになったところに、遂に看護師と思われる女性が小春たちの元に現れた。

「久遠寺様の付き添いの方でしょうか?」

「…はい!」

急に呼ばれたからだろう、少し間の抜けた返事の仕方だったが、紬は女性に対し姿勢を正す。

「手術は…無事成功しました。ただ…今は麻酔もきいており、眠っている状態ですので、面会などは…」

「……なるほど。わかりました」

何とか、一命は取り留めたらしい。それを聞いて、小春も中川も、そして話を聞いていた紬も、へたりこみそうなほどに安心しきっていた。


「さ、帰りましょう。あいにく、私には護衛できるような能力はありませんが、自衛までなら何とかできますので、私のことは心配しなくても大丈夫ですよ」

「あなたがその役職で自衛能力もありませんなんて言われたら、その方が心配ですよ」

「ふふ、よく言われます」

前に見たような、へらへらとした笑顔を浮かべながら、中川は手を振り病院を去っていった。

「私達も帰ろうか」

「あの…私はどっちに帰れば……?」

「今日は泊まりでしょ?変わらないよ」

色々とありすぎて、小春はすっかり忘れてしまっていた。今日は紬の家で泊まる予定だったのだ。


紬の家に帰った頃には、時刻はすっかり22時近くになってしまっていた。

あんまりこれまでまじまじとは見ていなかったので気づかなかったのだが、紬の家はかなり綺麗に掃除されている。家具も上等そうなものが多くて、自分の家とは大違いだという感想を、小春は抱いた。

もし、仮に自分の家に紬を泊めてなんて言われても、小春にはきっと出来ない。そう思うと、急に自分の家に戻りたくないような欲求が、彼女の中に出て来てしまった。


「あっ…そういえば私はいつまでいれば……」

「次の休日に扇風機を買いに行く、って思ったけど。それでいいかな?」

「えっと。次の休日って……」

「明後日だね」

なんということだ。紬は最低でも2泊までは、小春を家に泊めるつもりだったらしい。

「いやいやそんな長い事お世話になるわけには……!というか、もしかしなくてもさっきの中川さんの仕事請けたら、休日なんてもっと先になっちゃうんじゃ……!」

「…そうだね。でも、そんな長く一緒にいるわけにはいかないから……。どのみち、多分仕事は私は請けたいと思うから。そうだね……」

露骨に考え込むような仕草をした後、紬はゆっくりと口を開く。


「今の中川さんから請けた仕事が終わるまで。でいいかな?」

「お…お世話になります…!」

これはおそらく相当長くお世話になってしまうだろうと、内心少し申し訳なく思う小春だった。

「そうだ。私ってどこで寝ればいいかな?寝る場所ってあった?」

「…そうだなぁ。向こうにソファがあるからそこで……あ。でも客人をそんなところで寝かせるわけにはいかないな。じゃあ私がソファ使うから小春はベッドを」

「ソファでお願いします!!!!」

流石に寝床まで紬の使うものを借りてしまうなんてことになったら、きっと自分はどうにかなってしまう。小春はそう確信した。


今日疲れていたというのもあるかもしれないが、ソファは意外と寝心地が良く、それに部屋の中には冷房が効いていたということもあり、気持ちよく眠れそうだった。

そう思っていた通りに、小春はすぐに眠りにつく。


小春は夢を見る。

それは、何者かと交戦する夢。顔はよく見えない。体格もよくわからない。だが、その人物からは、この間戦った殺人鬼の男の比ではない、圧倒的すぎるプレッシャーが放たれていた。

近くに立つだけで、心臓を握りつぶされそうな想像をしてしまう程の。

自分はその人物に向けて、銃弾を何度も向けようとする。しかし、銃弾は全て空を切り、ついぞその人物に命中することはなかった。


銃が地面に落ちる音がする。それを聞いて、銃を拾い上げようとする。しかし、どういうわけか右手が地面の方に着くことはなく……いや、手?手ではない。気づけば、右肩から先が完全に消失していた。

赤黒い血が肩口から噴き出る。薄れゆく意識の中で、次に右足が切り落とされる。その場に倒れ込み、続いて、地を這う中で左腕も切り落とされる、最後には右足までなくなり、自分の身体はいわゆるダルマと呼ばれる状態になってしまったことを、理解する。


そして、最後に刃が首元を伝ったところで、小春は最後に見る。


同じように両断され、渇いた目でこちらを見つめる久遠寺紬の姿を。

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