第32話 伝えたいこと

焦る紬についていき、小春は病院まで向かうこととした。

久遠寺奏という人物について、小春は詳しいことをよく知らない。ただ、あの男と一度戦った時に一緒にいたこと。

そして…姉妹でありながら、紬との仲が険悪なこと。


一体、何があってああなってしまったのか、小春には推測することも出来ないし、下手に詮索するようなことじゃないと考えた。

ただ、紬が血相を変えて出て行ったということは、紬なりにきっと大切な家族で、放ってはおけない存在なのだろう。


病院に着くと、同じく病室の前で中川京太郎が待機していた。

少しラフなイメージの私服は、前に会った時とはだいぶイメージが違い、下手すれば中川だと気づかないように見えた。

「おっと、妹さんに白川さんもこちらに来ていたようで」

「…今は中川さんだけなんですか?」

「あとからデイジーさんと広夢さんも来るつもりらしいですけど、あいにく病院が遠いみたいでしてね。一人でここに居続けるのはなかなか辛いものがありますんで、あなたたちが来てくれて助かりました。ここ、座ってください」

果たして本当にそう思っているのか怪しいような台詞を吐きつつ、2人の席に着くように促す。


ただ言われてみれば、確かに声のトーンがいつもと違う気がする。いつもの少しヘラヘラとしたような空気は消え失せ、ところどころ声が震えていて、不安だというのは本当なのだと、小春は確信した。

「まあ、連絡よこしたのは私なんですけども。単刀直入に言いますと、現在奏さんは生死の境彷徨ってる状態で集中治療室入りです。私が発見した時には相当に酷い状態でしたよ。私の『修繕』の才能<ギフト>である程度は治しましたが、正直応急処置レベルまでしか何ともなりませんでした」

「人の傷を治す才能<ギフト>なんて、持ってるんですね」

「あくまで修繕程度ですけどね。もっと便利なものだったら、私は警察なんてやめて医者やってますよ」

そう自嘲するように吐き捨てる彼に、焦りのようなものを小春は感じた。才能<ギフト>なんて、そんなに万能なものじゃない。そのことは、小春も良くわかっていた。


「とりあえず、来てもらった所悪いですが。もう少しここで待ってもらうことになりますね。助かればいいですが…」

「祈っておくことしかないですね。あれだけ険悪でも、一応は家族ですし、元々は尊敬していた姉ですから」

「そうだね…紬さんは、あの人のこと、どう思うの?」

「正直なこと言うと、今でもどう接したらいいのかわからない。もっと険悪な関係になる前にどうにかしたかったとか、私がいけなかったのかなとか。でも……もう二度と言葉を交わせないかもしれないって思うと、今。色んな気持ちが溢れて…止まらない……」

涙を流す寸前のような顔になった紬に、小春はそっと手を取る。奏について、ほとんど赤の他人である自分が出来ることは、きっとこれしかないのだろう。


「あんまりそういうこと言わない方がいいですよ。お気持ちはわかりますがね」

「わかってる。わかってるんですが……。どうしても…不安に……」

「紬さん。今はとにかく、奏さんを信じよう。それしか…私達に出来ることはないよ」

「そうだね。いったん、落ち着こう。深呼吸、深呼吸……」

不安になる心を落ち着かせようと、何度も紬は息を吸っては吐いていく。その様子に、激しい焦燥と不安が、小春にも見てとれた。大切な家族の命が失われてしまうかもしれないという恐怖は、何よりも小春自身がわかっている。

当たり前のことだが、自分の目の前からいなくなっていた人と会話することは出来ない。伝えたいと思ったことがあっても、本人には二度と伝わらないのだ。


不安そうに深呼吸を繰り返す紬の手を取りながら、様子を見ていると、こちらに近づいてくる足音があった。

足音の正体は、中川の同僚である相良広夢だった。急いで着替えてきたのだろう、ほとんど部屋着にも見えそうな地味な服装だった。

「悪い、遅くなったわ京太郎。…あれ。そこの2人は?またどうして?」

「私が呼びました」

「ま、お前こう見えて寂しがり屋だからそういうことしたくなる気持ちはわかるよ」

「そういえばデイジーさんはどうしたんです?」

「寝てる。っていうか、充電切れ。言っとくけど今7時過ぎてっからね?夜呼んでも来ないの知ってるでしょ」

「あはは、聞いただけじゃないですか」


広夢の方も呼吸が乱れていて、前に見た時は整えていたはずの髪もボサボサだ。きっと、相当に急いできたんだろう。

広夢は話が一通り終わった中川の方から、小春たちの方に視線を向け始める。

「やっぱ、家族だから心配?」

「当たり前でしょ。心配じゃないわけない」

「あのお嬢様、あんたが色々危ないって時にも結構内心じゃ不安がってたみたいでね。接し方に迷ってるみたいなんだよ。だから…もし目を覚ましたら、その時は言いたいことはちゃんと言った方がいい」

「わかってる。相良さんは、何か言いたいこととかないの?」

「オレぇ?オレは…全然ないや。だって、オレあの子に嫌われてるもん。仮にあったとしても、オレが伝えたいことなんて、あんたが伝えるべきことよりよほどどうでもいいことだよ」


「…冷たいね」

「そう思うだろ?これもオレなりの処世術ってやつ。いちいち全部覚えて背負おうとしたら、背負ったものの重さでオレ自身が潰れちゃう。というか、小春ちゃん。君はぶっちゃけ他人だろ?何でわざわざこっちに来たのよ?」

「私は…えっと。紬さんのお姉さんなら、ある意味私にとっても大事な人っていうか。放っておくことなんて、出来ない、って思うから」

「運命共同体ってやつかね。うん、そういうの嫌いじゃないよ。でもオレから一つアドバイス。全部背負おうとするのはやめろ。もしそれでも私は背負えますってんなら、好きにすればいい。でも、もし潰れちゃったとしても潰した重荷に文句は言うなよ。それはアンタが選んだ道だ」

広夢の表情が変わる。一体、何を思って彼は自分に向けてこんなことを言ったのだろう。小春は疑問に思うが、それでも紬の背負っているものを、自分も背負いたいという気持ちだけは、曲げられなかった。


「一人で背負えないなら、二人で背負えるように、肩を貸す。それじゃ…ダメかな?」

「面白い考え方だ。オレそういう甘っちょろいの、嫌いじゃないよ?なー京太郎?さっき話してた件。どうするよ?」

広夢は再び中川の方へと目線を向ける。

「ああ。あれですか。」


「久遠寺奏襲撃犯の捜索について、あなた方に正式に依頼をしたい」

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