第31話 続く凶報
「小春ー。」
紬の声とともに部屋のドアが開け放たれる。
「は、はいっ!!」
ベッドに突っ伏していた小春は、慌てて振り返って姿勢を正していた。
「いや、そんなかしこまらなくても大丈夫だから……。晩御飯、出来たよ」
「わっ、ごめんなさいごめんなさい!あと勝手に人のベッドで寝ちゃっててごめんなさい!!」
「大丈夫だよ、気にしないで」
紬が開いたドアの方からは、何やら良い匂いがしていた。鼻をつくこの刺激的な匂いは……。
「あ、もしかして。カレー?」
「レトルトだけどね。急だから、良いの用意できなくて。むしろ時間なくて楽した。」
「いやいやそんなの全然!むしろご飯用意してくれただけありがたいというか……」
「うーん…そんなにかしこまられると逆にやりづらい……。自分の家だと思ってくつろいでいるといいよ。私もそういう感覚で接するから」
未だに距離感を図りかねている小春に、紬は少し困惑しながらも、優しい声で諭した。
背の低いテーブルに、カレーライスの入った皿と、レタスの上にミニトマトと生卵を散らし、ドレッシングのかけられたサラダを入れた、小さな皿が乗せられていた。紬はあくまで楽をしたと言っていたが、小春にはとってはこれも立派な夕食だ。
何せ、小春の食卓にはちゃんとメインディッシュとサラダが両方並ぶことの方が稀だったのだから。
「なんか、今日は色々もてなしてもらっちゃって……ここまでしてもらえるなら、扇風機壊れたのもある意味不幸中の幸い…?じゃないな。なんか、そんな気がしてきた」
「そう言ってもらえると嬉しい。私も友達家に泊めるとか、なかなか出来なかったからさ。
私ってほら、自分で言うのもなんだけど結構な名家だからさ。昔からそういうの気にして周りの子が何となく避けてたの」
2人はカレーライスをスプーンで口に運びながら、そんなことを話し始めた。
「久遠寺の家の中でも落ちこぼれて、家の外じゃお嬢様ってだけで遠巻きに扱われて。私のこと平等に扱ってくれたの、あの探偵事務所の人達だけだし、その中でも小春は唯一同年代で同性だからさ」
思ったより刺激的な味のするカレーに少し驚きながら、小春は紬の話に耳を傾ける。
「誰も本当の自分を見てくれない…ってんじゃないけどさ。やっぱ、友達がいないって、一人だっていうのは寂しいんだ。だから、小春にも寂しい想いをしてほしくないし、私だって寂しい想いをしたくない」
「そう、だったんだ……」
自分では、全然紬のことを知らないな、と小春は思う。出会ってまだ1ヶ月とちょっとというのもあるが、お互いのことについて深く、1対1で話す機会が、なかなかないのだ。
「これは私のエゴだよ。もし嫌なら、そう言ってくれても構わない。だけど…受け入れてくれるのは、嬉しいな」
そう言って笑いかけた紬の笑顔は、小春には今まで見たどんな顔よりも眩しく見えた。普段はそれなりに責任のある立場にいるのもあるのだろう、いつもより張り詰めたものの感じられない紬の姿は、少し年相応で、少し、可愛らしく見えた。
「私も…一緒にこうやって仲間でいられて、一緒に同じご飯を食べられるような人がいるの、すっごく嬉しい。あと、それとなんだけど……」
「あ、そういえば……小春ってもしかして辛いの、苦手だった?」
「苦手ってわけじゃないんだけど……あんまり刺激のあるもの食べてないので耐性が……」
知らないうちに顔でも赤くなっていたのか、それなりに我慢して食べていたということを、どうやら見抜かれてしまったようだった。
薄味の食事ばかりの小春には、このカレーライスは少々スパイスの刺激が強かったのだ。
「ごめんね。次ご飯出す時は、もうちょっと刺激強くないの出すね」
「気、遣わせちゃったかな……。でも、ご飯はすっごく美味しかった!ごちそうさま!」
色々と話をしているうちに、気づけば小春の方は、カレーライスもサラダも食べ終わっていた。少し普段は食べないようなものだっただけに、自分でも気づかないうちに口に運ぶのが早くなってしまっていたのだろう。
「お粗末様でした。そうだ。片づけは私がやっておくから、小春は部屋で休んでなよ。あれだけ走ったんなら、まだ身体の疲れ取れてないでしょ?」
「い、言われてみれば……」
そう言われてみると、確かに全身に痛みが走って来る気がする。紬に言われた通り、小春はそのまま部屋で休むことにした。
改めて寝室に戻ろうとすると、デバイスが着信を告げる音を鳴らす。
「電話、鳴ってるよ?」
「本当!?って……私のだ。ごめん、ちょっとだけ待ってて」
そう言ってそのまま、紬はそのまま玄関の方へと駆けだす。
小春の視界が暗転する。
また、彼女の才能<ギフト>が、未来を告げようとしている。
気が付けば、自分の身体が血だまりの中で倒れ伏していた。
その様子を、俯瞰して見ている。いや、おかしい。
今までの予知は俯瞰視点の予知など存在しなかった。
全て自分の目線での予知だった。
よくよく目を凝らして自分の身体を見る。そこには……。
"首が切り離された自分の肉体があったのだから"。
予知は終了し、視界は再び紬の自室へと戻る。
「はぁっ……はぁっ………」
身体中に嫌な冷や汗が浮かぶ。呼吸が乱れる。頭がフラついて、周りの景色が滲んでくる。
まだ、事務所に火がつけられるという予知すら全く原因が究明できないというのに、今度は首が切られて死ぬ予知を見るだなんて。
凶報はまだまだ続く。
電話を終えた紬が、肩で息を切らして、部屋の方へと駆けこんでくる。
「小春。今から私、外、出なくちゃいけない」
「えっ……?」
「姉さんが……今病院に運ばれたって……!」
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