第28話 次なる予知

どのみちこの平穏な日々が永遠のものではないということくらい、小春にはわかっていた。

けれど、何にしても「早すぎる」。

もう少しくらい、紬と過ごす日々を過ごしたかったと、誰とも知れない相手に頭の中で文句をつけながら、小春は強い日差しが指してくる空の方を眺めていた。

「…小春、どうしたの?」

「いや、実は……」

「もしかして、何かまた『見えた?』」

「うん、そうなんだ」

そう聞かれたことで、小春は一つだけ気づくことがあった。きっと、その『予知』という現実から、少し逃げようとしたのではないかということ。


どのみち、『予知』には向き合わなければいけないのだ。『予知』の内容が、自分が動きもしないうちに代わるなんてことは、小春には考えられなかったのだ。

「『KRONUS』の事務所が燃やされる予知か。…まあ、あそこには恨みを持つ人間もいるだろうし、そういうことはあり得るかもしれないけど。…でも」

「そうだよね。私たちにとって唯一の居場所みたいなものだもん」

小春にとってはようやく手に入れた職場でもあり、大切な仲間がいる場所でもある。もう、失いたくはないのだ。

「たち…かぁ。私も、あそこ以外には居場所がないみたいなものだからなぁ。そういう意味じゃ、小春と私は一緒かもね」


小春は覚えている。もう1ヶ月も前の話だが、紬の姉である奏が、彼女のことを嫌悪感と侮蔑の混じった目線で睨みつけていたことを。

とても怖かった。肉親であるはずの存在に、あそこまでの感情を向けさせてしまう何かがあることが。

きっと、向こうにも何か事情はあるのだろう。しかしそれでも、紬があんな扱いを受けてしまっていることは、小春にとって納得のいかないことであり、それは理不尽なことであった。

家族がいない自分と、家族に嫌悪されている紬。一体どちらが辛いのだろうか。きっと、同じ軸で比較しても無意味なことなのだろう。そんなことはわかっているけれど、つい考えてしまう。


「華月さんには伝えるべきかな。できれば一哉たちにも伝えたいけど…でも、あの2人も休日を楽しみたいだろうからなぁ」

「私の『予知』って、いつの予知なのかが全くわからないから、もしかしたらそれは今日からもしれないし、1週間後かもしれない。急いで動くことに越したことはないけれど……」

仮に「KRONUS」に今から向かったところで、事務所が既に炎に包まれている…なんていうことまでありえるわけで。

もう少し具体的な予知が見えればいいのだけれど、自分の力が見せてくれる予知はこれだけだ。

「そうだよね……。それに、「KRONUS」に行っても今日は休みだから、華月さんもいないわけで。本当にどうしたものか」

「事務所の様子見に行ってみる?」

「…ここからだとちょっと遠いけど、小春がいいなら」

「それじゃ、行こうか」

決心して、事務所の方まで向かってみることにした。どのみち、動くなら早くがいいのだ。


炎天下の道を歩くこと30分。途中、何度か身体がフラつきそうになったけれど、何とか日陰を選んで歩くことで耐えた。

デバイスに表示された天気予報は、36度の気温を指し示している。どう見てもずっと歩いていいような気温ではない。

出来ればこれで終わりで済みますようにと願いながら、事務所の前まで辿り着く。

「あっれ~?ツムツムと春ちゃんじゃん、どしたん?」

「あれ!?悠希くん!?何でここに!?」

そこには朝賀悠希の姿があった。半ズボンに薄手のTシャツだけを羽織った彼の姿は、さながら夏休みの小学生か中学生といった様相で、年齢よりも随分と幼く見えた。


「ん~?暇だから外に遊びにでも出かけようかなーって。これからバッティングセンターでボール打とうかなって思ったんだけど、2人もやんない?」

「流石にこの暑さで何十分も歩いてるから、これ以上運動したらちょっと危ない。私は遠慮しとく」

「私も…あんまり運動したい気分じゃないかなー。一哉くんは一緒じゃないの?」

「ちぇー。カズにそれ言ったら『こんな暑さで運動しに行くとか、熱中症になりに行ってるようなものだよ?バカじゃないの?あ、ごめん。違った。バカだったわ。バカ』って言われて断られたんだよ」

「あー……」

それにしても断るだけなのに、随分と一言二言多くて、小春は思わず苦笑がこぼれた。きっと、よほど運動するのが嫌だったんだろう。


「そういう2人はどうしたん?遊び?」

「…の、予定だったんだけどね」

苦虫をかみつぶすような顔で、2人はこれまでのことを話した。何せ、一緒に出掛ける予定が完全にパーになったのだ。

おまけにそれに加えて、不安になるような予知まで降りかかってくる始末で、小春は一緒に来た紬に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、このモヤモヤとする感情を共有できる相手がいたことに、少しだけ安心のようなものを覚えた。

「マジか~~~。そういや電車ででかい事故あったって話あったもんなー。オレは全然関係ないけど!」

「埋め合わせは絶対するからね、小春」

「お願い、します……」

この時ばかりは、本当に己の不幸体質を呪わざるを得なかった。


「というわけで、私達はこれから家に帰るところ。悠希くんも気を付けてね、特に熱中症とか…」

「カズも心配するけど、ちゃんと水飲んで涼しいとこ行けば大丈夫だから!それにオレ体力だけはあるもんね!」

無邪気な子供のような顔で笑う悠希に、もう2人は何も言えなくなっていた。

「カズのやつもバカとか言ってるけど、あれはカズ語で『今日は暑いから熱中症になりそうだけど大丈夫?』って意味だから。心配性なんだよあいつ」

「ポジティブすぎる……」

小春はその感性を、少し羨ましいと思ってしまったが、同じような言動をする自分を想像して、やっぱり物事は極端すぎるのもよくないなと、思い直した。

それと同時に、あの皮肉の多い一哉相手に友達でいられるのは、そのポジティブさもあるのだろう。彼はきっと、人の言葉を悪く受け取らないのだ。


「んじゃ2人とも気を付けて帰ってね~~~!」

「悠希も気を付けてね、今日ほんとに暑いから」

大袈裟に手を振る悠希を見送った後、2人も家に帰ることにした。悠希と話した後、なんだか今までの不安は何だったのだろうと、少し不思議な気分になる。

「そういえば、予知のこと喋らなくて良かったの?」

「なんか…喋るタイミング逃しちゃって」

「ああ…それはちょっとわかるかも」

そんな話をしながら、帰路に就くことになる。相変わらず道はカンカン照りだったが、すぐに家に帰れると思うと、安心感の方が上回っていた。


「あれ…つかない…何で……!?」

その後、家にある扇風機がうんともすんとも言わなくなっていたことに気づいた小春は、またも自分の不幸体質によって、苦労をすることになってしまったのだ。

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