第26話 前へと進め

「…というわけだ。あの男が出した『アヴァロン』なる言葉、それについて調査を進める、ということでいいな?」

「ああ。頼む、新島所長」

「…まったく。固いな。昔のように華月ちゃんと呼んでくれたらよかっただろうに」

「お前に向けてそんな呼び方をしたことは一度もない。まったく……」


「お前だけ、中学の時から時間が止まっているなんて、理不尽じゃないか」


「と、いうわけだ。今回は我々の敗北に終わったが、事件そのものは収束した。まるで勝負に負けたが試合には勝った、という具合だな」

気分の晴れない結末。

失ったものは多いのに、まるで得たものがないような戦いだった。

そして……小春はまたも、不幸な結末に終わってしまった。


「よりにもよって…何で鏑木さん、だったんだろう」

「きっと、誰でも良かったんだと思う。才能<ギフト>を持った人間ならね。だから、小春の責任じゃない。全部背負うには、人の背中って小さすぎる」

「うん…責任に感じてるとか。そういうのじゃないんだ、ただ……」

その先の言葉は出てこなかった。

いや、出そうとする言葉全てが、何か現実逃避のものに思えてならなかったのだ。


「小春クン。今後はそういうことは何度も起きる。守れないものだってたくさんある。今すぐ前を向けとは言わない。だが、覚悟はしとけ」

「……はい」

紬も華月も、言うことは同じだ。彼女たちも、この件を気にしていないというわけではない。自分なりに受け入れて進もうとしているのだ。

「随分と立ち直り早いじゃん。正直、三日三晩くらい凹んでると思ってたけど」

「流石にそこまでは凹まないから……!」

もっとも、紬が背中を叩かなければ、本当に三日三晩凹んでいたかもしれない。それだけに、一哉の言葉は少しだけ図星に思えた。


「まーその。なんだ。オレは春ちゃんのことよく知らないし、気の利いた言葉かけてらんねーけどさ。春ちゃんはちゃんとやれることやったと思うぜ?

殺人鬼に立ち向かうとか、並大抵のことじゃ出来ねえと思うし、オレびっくりしたもん」

「そ。普通じゃ警察に投げて逃げてもおかしくないし、というか普通ならそうしてる」

「先に立ち向かったのは紬さんの方だよ。でも…自然と足が前に向かったっていうか。逃げても追いかけてこないとは限らないし、ね」

逃げたいという気持ちは、何故か無かった。

すぐに立ち向かっていった紬のことを守りたかったのか、あるいは『自分が立ち向かわないと最悪の未来を回避できない』と考えたのか。


その時の自分の考えすら、今は思い出せないが。きっと自分の中で立ち向かうだけの理由があったんだろう。小春はそう思った。

「勇敢に立ち向かってくれるのはとても良いことだが、紬」

「はい」

「自分の命は大切にしたまえよ?あくまで僕たちの仕事は『調査』であって戦うことじゃない。誰かに認められたいという気持ちは理解できるけどね」

「す、すみません…」

「謝ることじゃない。僕は君に謝らせたくて言ったわけじゃないからな。小春クンもだぞ。優秀な所員が減ったらこっちが困る」


自分を大切に。

それは、周りにずっと言われ続けてきた言葉。

小春には、その本当の意味が『いまいち理解できていなかった』。

「何はともあれ依頼自体は達成したし、報酬も入った。この報酬は好きに使ってくれ。言っておくが、罪悪感で受け取りませんとかいうのは無しだぞ。それが常態化すると受け取るやつが悪いみたいな空気になる。仕事っていうのは報酬あってのものだ。仕事として成立しなくなる」

本当は報酬は受け取らないつもりだったが、まさか見透かされていたというのか。

紬も図星だったのか、わかりやすく顔を横に逸らしている。


「…二人ともカッコつけようとしてたね、さては」

「あ、やっぱりバレてた……?」

「バレバレ。考えてる事が顔に出過ぎなんだよ。別にポーカーフェイスを心がけろとは言わないけど、もうちょっと常に冷静でいてほしいな」

「こらこら意地悪なことを言うんじゃない。とはいえそれそのものは正論だ。何かあった時こそ冷静に、苦しい時こそ笑え。感情を抑えろっていうんじゃない。頭を回すんだ」

「華月さん難しいこと言うよな~」

「は?それくらい簡単なことでしょ」

だんだんと、事務所の空気が今まで通りのものへと戻っていく。

それだけでも安心する。自分は、ここにいていいのだと思える。


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「ちょっとは妹さんのこと、見なおしたりとかはしないんです?」

「しません。やはり私は確信しました。彼女は能力こそありますが、久遠寺家の後継者としては出来損ないだと」

「…自分としては、ずっとあなたたちが不仲だと不安材料が増えるんで、勘弁してほしいですけどね」

「それはあなたの事情でしょう。私には関係ありません」

強い目つきで睨みつけてくる奏に、少しだけ京太郎はたじろぐ。

こういう時の彼女の目は、たとえ同僚である京太郎にとっても、かなり恐ろしいものなのだ。

まるで、蛇に睨まれた蛙のような気分だった。


「自分だけでなく、広夢さんやデイジーさんでも同じこと言うと思いますよ?」

「相良さんはともかく、デイジーさんは私達に興味はないでしょう。…というか。あなたがお節介すぎるだけでは?」

「おせっかいの自覚はありますけど、あなたお節介焼かないと色々暴走するじゃないですか」

「…………」

「すみません。言いすぎました。ですが、あなたの事もう少し気にしている方もいるということくらいは、伝えておきたかったんですよ。

自分はあなたみたいな"お姫様"も嫌いではないんで」


「ならば、その嫌味な喋り方をやめてくださいませんか?」

「どうでしょうね、自分の気質ですんで」


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「……KRONUSに新入りが入ったらしい」

「何も、未来が見える才能<ギフト>を持っているんだとか聞いたぜ?すげえ能力だ。そんなものがあるんだったら、一生遊んで暮らせそうだな」

「安易な発想だ。…だが、厄介なことに代わりはない」


「『KRONUS』を潰す。我々の計画にあの組織は邪魔だ。邪魔者は排除せねばならん」

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