第21話 すべてのピース

「…完全に気を失ってしまっていますね。ひとまず、介抱は任せますから、私の方は男を確保いたします」

「…ありがとう。小春の方なら任せて」

「任せて、だなんて。随分と偉そうにものを言うものですね。ですが……今はあなたしかいません。”任せましょう”」

紬はその言葉に、黙って頷く。

そして、そのまま男の方へと向かう奏の背中を、静かに見守った。


男はゆっくりと、目を覚ます。

「ハァッ……ハァッ……お前……殺す気かよォ……。オレを殺しちまう気なのかよォ……」

意識も朦朧としているのか、立っているだけで精一杯な様子だ。

それも当然、本来立っていられるのが不自然な程の電力を浴びせられたのだから。

「やっぱ才能<ギフト>があるヤツってのはいいなァ…簡単に人も殺せちまうんだもんなァ……だが……」

男はナイフを振り上げる。どこかに向かって投げる動作をする。

「甘い」

だがそれよりも早く、奏が刀でナイフを弾き飛ばす。


「今あなた、白川小春の方を狙おうとしましたね?気絶して動けない相手を狙うとは卑劣です。ですが…その卑劣さ故にあなたの行動は、読みやすい!」

何度も刀身が男の身体を打ち据える。

目で追いきれない程の速度で、男の身体に大量の打撲痕がつけられていく。

『峰打ち』といえば手加減の代名詞とされるが、それは所詮「切り傷がつかない」程度の話でしかない。

金属の塊で何度も打たれては、充分に致命傷になりうる。

「ぐっ……てめッ…速すぎ……いくらなんでも速すぎだろうがッ!!!」

そして、男の方も気づいていた。奏が、才能<ギフト>によって行動の速度を高めているということに。


「ようやく気付きましたか。私の才能<ギフト>はあらゆる行動を素早い速度で行える力……何倍かまでは正確に測定していませんが。調子が良ければ5倍の速度は出ますよ」

それが誇張やハッタリではないことを、男は直感で理解していた。

この女はきっと、本当に5倍の速度で襲ってくるぞ、と……。

「ふふ。ふふふふふふふ……降参だ。オレの負けを認めてやるよォ……」

男は頭を下げる。手を地面につき、土下座の体勢になろうとする。

「そうですか。では……」

奏はそれを見て、手錠を男の手にかけようと差し出す。……だが。


「今回は、な」

男が小さな声で呟いたのと同時に、周囲が激しい煙に包まれる。

「……ゲホッ、ゲホッ。何、ですか。これは……」

煙が晴れた時には、男の姿は路地から消えていた。

「姉さん、今のは何?」

「私に聞かないでください。もしかしたら未知の才能<ギフト>によるものかもしれませんが……おそらくこの男はアンチ才能<ギフト>。そんな人間が、才能<ギフト>を使ったとは考えにくい」

「……だよね。アンチ才能<ギフト>を掲げながら、自分の命の為に才能<ギフト>を使うなんて、あまりにも矛盾しすぎだよ」


「犯罪者の行動に理屈なんてあると思いますか。やつらは矛盾している手だろうと、平然と使ってきますよ。それよりも…救急車を呼びましょう。彼女の傷、それなりに深いですから」

「そうだね。何せ気を失う程だから、早いところ処置しないと」

そうして2人の戦いは、一旦は幕を閉じた。

まだ、謎を残したまま。


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「そうだったんだ……」

「あの男がどういう方法で逃走したのか、私にはまったくわからない。ただ一つ言えるのは、私達は犯罪者を取り逃してしまったということ。それだけだよ」

戦いそのものは、紬と奏の圧勝だった。いや…下手をすれば、奏一人でどうにかなる程度の相手だった。

だが、結局犠牲者を未然に防ぐことは出来ず、下手人も取り逃がした。

結果だけ見れば……自分たちの完全敗北だ。


「私…やっぱりまだ、出来ないや」

「…でも。紬さんが守ってくれなきゃ、私も危なかったから……。でも。鏑木さんのことは…ほんとに、悲しいなぁ……」

結局小春は『乱歩』で仕事をしたのは2度だけ。しかし、ほとんどアルバイトも決まらなかった自分を雇ってくれた恩人だったのは確かで。

あの優しそうな顔が浮かぶたびに、もう二度とあそこに通うことはないのだと、そう思ってしまうと、小春の頬に涙が浮かんできてしまった。


両親が亡くなった時は、どれだけ泣いたかわからない。

ただただ、亡くなったということそれそのものがほとんど理解できなくて、でも自分にはもう父も母もいないのだということを実感した時に、もう狂ったように泣き叫び続けたことだけを覚えている。

でも今は、泣き叫ぶようなことはしないながらも、それでも悲しさと悔しさが溢れて来て、涙を流すことしか、出来なかった。


「……どうしよう。私、まだ2回しか会ったことないはずなのに、こんなに泣いてる」

「……私もだよ。あそこのコーヒー、美味しかったのになぁ」

静かな病室の中に、すすり泣く声だけが響いていた。


「ふむ……なるほど。そうか。うん、報告は受け取ったぞ」

溜まった書類を片手で方しながら、華月は電話をもう片方の手で取っている。

一哉が信じられないものを見る目でそちらを見るが、当の華月はというと、完全にどこ吹く風という様子だった。

「…はい。それで……逃げられました。言うまでもなく、こちらの完全敗北です」

「奏君。今回はうちの紬と小春がお世話になった。一緒に戦ってくれて感謝するよ。残念だが、おおよそ犠牲者の傾向もつかめてきている。次の犠牲者は出させないと約束しよう」

「…はい。わかりました、出来るだけこちらも情報を集めさせていただきます」

ツーという音と共に、電話が切れる。


「事件が起きた場所、狙われた人物からデータを割り出したの、僕なんだけど?それをさも自分の功績みたいにさぁ……」

「そうだぞ!カズはすごいんだぞ!こう…すっげー頭いいんだ!」

「まあまあ細かいことはいいじゃないか。それに君の頭脳は僕も充分に評価しているわけでね。別に認めてないってわけじゃないんだ。安心したまえ」

「そういう問題じゃないんだけど……」

なおも抗議をする一哉をよそに、華月はほくそ笑む。


「さて、そろそろすべてのピースが揃った、という所か」

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