第20話 所詮この世は
「まさか…私たちのこと助けに!?」
突然現れた救世主の姿に、小春は目を輝かせる。しかも、それは絶対に自分たちを助けなどしてくれはいなさそうな人物。
「勘違いをしないでください。あなたたちも一応『守るべき市民』であると、それだけのことです」
鈍い金属の刀が、夏の陽光を反射して眩しいほどにきらめいていた。
「どういう心境の変化があったかわからないけど…助かるよ。私達だけじゃ、ちょっと危なかったからね」
「っ……てぇなァ!!??」
男が逆上し、そのまま奏の方へと飛びかかっていく。
「煩い」
赤子の手をひねるかのように、刀でそれをはじき返す。
冷静さを失っているのだろう。判断力も何もない状態の男は、奏にとっては全く相手にならない存在だった。
「クソが…死にやがれ!!」
男が素早く飛びかかる。だが、その瞬間に、奏は男の背後を取っていた。
「あぁ!?」
呆気にとられた男の背を、刀が打ち据える。そこで、男はある違和感の正体に気づいた。
「テメェ……何の意図があってのことか知らねェが、もしかして全部今までの攻撃"峰打ちで済ませやがった"なァ!?」
「あなたには聞きたいことが山ほどあります。ここであなたの命を奪うわけにはいきませんからね。そもそも、私はあなたと違って、"殺すために戦っていません"」
「ナメてやがる…ナメてやがるなァァァァァ!!!!」
ここで男は、ナイフを奏の方……ではない。『紬の方に向けて投げた』。
「紬さんっ!!!」
「わかってる!」
だが、そのナイフが当たることはなかった。
小春が事前にナイフが命中する未来を予測して、紬に向けて呼びかけたのである。
「何故そっちを狙ったってわかった……」
「私は『見えた』から。私のこと狙ってなくても、紬さんの方に飛んできてたのは『見えてた』。」
小春がじっと、殺人鬼の男の方を見る。
絶対に、逃がしてなるものかと、視線で男の方に向けて訴える。
「私の方を狙ったとしても、仮に紬さんの方を狙ったとしても。私には見えるから。奏さんは、私よりずっと経験があるだろうから、あなたのナイフなんか当たらない。わからないかな?もう手詰まりなんだよ。大人しく奏さんの方に投降して」
「やぁかましいんだよクソがァ!!!!」
男が、乱暴にナイフを投げつける。それも1本だけではない。10本、20本。いや下手すればそれ以上か。一体どこに隠し持っていたんだという程の量のそれを、雨あられと小春の方にぶつけていく。
「いつもいつもテメェら能力者共はオレのことを上から目線で見下しやがってェ!!!そんなに強い力持ってンのがえらいかァ!!大体!!何が手詰まりなんだボケが!!!」
醜く喚きたてる男は、八つ当たりをするように小春に向けてまだまだナイフを投げつけ続ける。
あまりにも単純な動きのそれは、最早『未来視などなくても』小春には簡単に避けられた。
今の小春にとって、未来視すら必要ないほどに、単純すぎる攻撃だったのだ。
「ヒャァハハハハハハハ!!!これだけの物量で攻めりゃ、お得意の未来視なんてのも意味ねぇだろ!!」
だが、どうだろうか。物量の前に疲弊したのか、ナイフのうちの1本が、小春の右腕、肘のあたりに向けて命中し、肘から鮮血が溢れ出す。
「小春っ!!??」
「いた、い。けど……紬さんは、紬さんは私のことより、あっちの殺人鬼の方を、見て…!!」
鋭い痛みで、意識が飛びそうになる。だが、それでもなお、膝をつくことなく、立っていた。拳銃も、握りしめたまま。
「お前…その痛みでもう立ってられねえじゃねえか…?お得意の未来視が効かなくて残念だったなァ!やっぱり所詮この世は暴力で勝った方の勝ちなんだよ。てめぇは不愉快だから、まずは」
「これ以上は黙れ!!!」
鋭い怒号と、目を開けてすらいられないほどの光の後に、男の動きが停止する。
「小春があんたに何かしたか!?あんたのコンプレックスなんて知らない、そんなコンプレックスを理由に、小春を傷付けるのは許せない。あんたにとって能力者が最低な人間なら、あんたはそれ以上の最低だ!!!」
男は白目を剥き、ビクビクと痙攣を続けている。完全に、戦えるような状態ではない。
「…紬」
「何、姉さん」
「だからそう呼ぶのはやめてと…いえ。いいでしょう。このようなくだらない男相手に、そこまでムキになることなどあるのですか」
「…私はね。小春が侮辱されたのが何よりも許せなかったんだ。それに、あの男はもうどうしようもないっていうのはわかってる。それでも……」
「冷静に、なれなかったんだよ」
「…そうですか。まったく、相変わらずですね。そんな甘い考えでは、犯罪者となど戦えないでしょうに」
「こういう性分なんだ、仕方ないでしょ」
少し落ち着いたのか、紬は脱力し、そのまま座り込んだ。先ほどの電気の出力が、身体に負担のかかるほどのものになっていたのも、その一因だ。
「…そうだ、小春は……?」
小春の方を見ようとすると、彼女は傷口を左腕で抑えつつも、身体中には脂汗を浮かべ、気力だけで立っているような様子だった。
「少し休んでください。傷の方もかなり深そうですから、立っているのも辛いでしょう」
「うん……それよりも。もしかして…私たち、勝ったの……?」
「紬の電撃でだいぶ伸びていますから、あの様子では当分目は覚まさないでしょう」
「そっかぁ…良かった。えへへ……」
そのまま、力なく笑みを浮かべ、小春は……気を失ってしまった。
見慣れない白い天井が、頭上に広がっている。
鼻をつく薬品の匂い、身体にかかっている、ふかふかの布団の重み。
見えている景色のほとんどが、白に染まっている。
「……えっと、ここは。病、院……?」
しばらくあたりを見回す。ベッドの近くに置かれた花瓶の花からは、なんだか心が落ち着くような香りが放たれているような気がした。
ガラッ。病室のドアが開く。
「小春……大丈夫?」
息を切らして走ってきたのは、紬だった。
「うん。大丈夫…さっきは、安心して気が抜けちゃったんだと思う」
「そっか、それなら良かった。結構ざっくり怪我しちゃってたみたいだからさ、意識とかは大丈夫?」
「うん。心配しなくてもいいよ……」
先ほどのことを思い出しながら、小春は紬にそう答える。いや…そういえば。
「そうだ……!あの人、あの殺人鬼の人、どうなった?」
「そう。そのことも話そうと思ってたんだけどね」
「……逃げられた」
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